「長期出張?!」 「だって俺、嫁が妊娠してるし」 「いやいや、だからって部下に押し付けるのはどうかと」 「いいじゃん。彼氏なし、家庭もなし、あるのは若さだけの三拍子が揃うの、ウチじゃあくらいなんだよ」 「酷くないですかその三拍子?!」 「はい、つーことでお前に任せるわいってらっさい京都半年の旅〜」 笑顔でひらひらと薬指に光るリングを見せびらかすように左手を振る上司にひくりと顔を引き攣らせた。おい酷くないか。確かに彼氏なし、家庭もなし、あるのは若さだけという三拍子に当て嵌まるのはこの部署では私だけであり、また急な長期出張にすぐに動けるような人材も私しかいないのは分かっている。新婚ホヤホヤで嫁が妊娠3ヶ月である上司に半年の長期出張というのは酷だろうが、いや、だからといって勤務2年目のひよっこ祓魔師である私にお鉢が回ってくるなんてそんな馬鹿な。急な長期出張だ、きっとろくなものではないに違いないと、詳しい内容を聞かずとも分かっていた。京都か。 そんな重い気持ちを抱えつつ、是と承諾の返事をするとまるで計っていたかのように準備がすたこらさっさと進み、ほんの2日後には私は京都駅に立っていた。うそだろいくらなんでも急すぎる。しかし東京からの出張という建前があるので逃げることはおろか、気を抜くこともできないのだ。私に東京の面子がかかっている、と言えば大袈裟かもしれないが、もともとうちの部署は京都出張所との関わりが他の部署と比べて薄い。きっと向こうも私を試し探ってくるだろうと、出発前にこっそりと上司に耳打ちされていた。やめてくれ。 迎えが来ると連絡を受けていたので京都駅の改札を出てすぐの場所で待っていると、予定の時刻より5分ほど遅れて祓魔師の格好をした方が現れた。その人は慌てた様子で辺りをきょろきょろと見渡し、私の姿を見つけるとほっとしたような顔をして駆け寄ってくる。 「えーと、さん?」 「はい」 「遅れてすんません、ちょっと悪魔が出よってバタバタしてもたんですわ。隊長の志摩柔造です、よろしくたのんます」 「です。…えーと、隊長って…?」 「ん、聞いとらん?出張の間、自分の上司さしてもらいますわ。祓魔の一番隊の助っ人なんやろ?」 「えっ?!祓魔?!助っ人?!」 「…聞いとらんのかいな」 聞いてない聞いてないあの上司め一番大事なこと伝えてないだろうがおい!心の中で東京にいる上司を罵倒しながら志摩さんから事情を聞いた。どうやら最近京都でこの時期にしては異常な量の悪魔が出没しているらしく東京に急な応援を要請したこと、そしてそれが急すぎるが故になぜか巡り巡って私の部署へと回ってきたこと。おい巡り巡ってってどういうことだよ初耳なんですけどそんなに嫌がられているのか京都出張は。 「ま、そういうことですわ」 「はぁ、まぁ、よろしくお願いします…」 「ははっ、あれやろさん、宮嶋の部下なんやろ?」 「え?あ、はい」 笑うと人懐っこさが出て、垂れ目がいいかんじに魅力的な人だ。そんなことを思っていると、東京にいる上司の苗字が志摩さんの口から出てきて驚いた。宮嶋、彼こそが新婚ホヤホヤ幸せ満喫中で、私に半年の京都出張を言い渡した紛れも無い張本人である。「向こう着いたらまず八ツ橋送れよな〜」という別れの言葉を告げた彼は、実力は尊敬に値するが人間としてなにかが損なわれている気がしてならない。 驚きの表情を隠せずにいると、志摩さんは再び笑みを零して「同期なんよ、」と告げた。 「え?」 「宮嶋と俺、祓魔塾の同期なんですよ。あいつ元気にやっとります?」 「ええそりゃもう毎日幸せそうですよ」 「ははっ!そやな、あいつ新婚やったわ」 少々の皮肉を込めて返事をすると、志摩さんはそれに気付いたのかあいつええ部下持ちよったな、と笑いながら告げた。私はそれをどう受け取ればよいのか思いあぐねてとりあえず苦笑を零しておくと、志摩さんにぽんぽんと頭を撫でられる。うちの上司と同期ということは、この人もまだ25歳かと思った。若い。 「ま、歳もそんな離れとらんみたいやし、気楽にたのんます。…気楽いうても、最近の情勢やと、そう客人扱いもしてやれへんのやけど」 「や、使っていただいて結構ですよ。そのための助っ人ですし」 「頼もしいわぁ」 ほんならとりあえず出張所向かいましょか、と志摩さんは鍵を取り出した。これから半年間この人の下で働くのだと思うとため息が漏れそうになるが、まぁこれも悪くはないのかもしれないと彼の笑顔を見て思う。半年間、長いようで短く、短いようで長いそれが、どんなものになるのかなんてこのときの私にはてんで予想がつかなかった。 「久しぶりだな、志摩。生きてるか?」 『おん、しぶとく生きとるで!今回は助っ人ありがとなぁ、あれ宮嶋の部下なんやろ?』 「あぁ。どーよ?」 『歳のわりに動きがええな、助かっとる。あと何よりええ性格しとるわあいつ』 「ははっ!だって俺が手塩にかけて育ててる部下だもーん」 『25歳男子が“だもーん”言うなや…が哀れやわぁ』 「変な手ぇ出すなよ?俺の部下に」 『お前には嫁さんおるやろ』 「…おい、志摩」 『やって今は俺の部下やん?』 「おい志摩!…っておいコイツ携帯切りやがったああ!!」 「宮嶋隊長、うるさいっスよ」 120810 |