「リュウさん」
「…なんだ」
「わ、すっごく嫌そうな顔ですね」

ぺらりと書類をめくりながらそう告げるとリュウさんは少しは申し訳なく思ったのか、別にお前が嫌なわけではない、と小声でぼそぼそと呟いた。まぁそうだろうな、と思いながら一枚だけめくった書類の薄い束をリュウさんの方へと向ける。途端に再び嫌そうな顔をしたが、予想通りなので気にしないで話を進めた。

「次はこちらへ。霧隠さんは寄るところがあるからと、先に向かいました」
「…また辺鄙な所だな」
「都内ですけどね。今車呼びますから」

そう言いながら通信機を取り出し車を回してもらうよう本部へと連絡を入れていると、現在地を告げようとしたところでひょいとリュウさんに通信機を取られてしまった。急なことに驚き動けずにいると、リュウさんは「車はいい。歩く」と流暢な日本語で告げた。なんだと。

リュウさんは「ん、」と私に通信機を返そうとするが、驚いてなかなか受け取ろうとはしない私に痺れを切らし、無理矢理私に通信機を持たせると先に歩きはじめた。我に返って通信機を仕舞い、彼の後ろ姿を追うものの頭の中はクエスチョンマークで満ちている。なぜ急に歩くなどと。というかそう言ってくれればそもそも車を回してもらうよう連絡もしなかったのに。

私は台湾支部からやって来たリュウさんの世話役としてこの数日彼と行動を共にしているが、未だにリュウ・セイリュウというのはどういった人物なのか分からずにいた。無表情かと思えばにやりとした笑みを浮かべることも多く、無口かと思えば意外とそうでもない。だからと言っておしゃべりではないけれど。

私が彼の世話役に抜擢されたのは、ただ単に私が台湾支部への出張経験があったからだった。もちろん、私が格別リュウさんと仲が良いわけではない。むしろまともに話をしたのは今回が初めてで、出張の時には一番最初の挨拶の時に社交辞令を交わした程度ではなかっただろうか。数日前、私が「以前出張の際にお世話になりました」と告げた時も、リュウさんは「うちの支部に来たことがあったのか」と返していたぐらいだ。

「わ、ま、待ってくださ、っぶ!」
「…待てと言ったのはお前だ」
「…そうですね。すみません」

急に立ち止まったリュウさんに激突してしまい変な声が出てしまったが、リュウさんは気にしてないようで先に保身の言葉を呟いた。私はぶつかった鼻を押さえながらそろそろとリュウさんから離れ、ふと視線を感じて彼を見上げる。綺麗な切れ長の瞳と目線が絡まった。う、わ。

捕らえられて、離せない。強い魅惑の瞳に、吸い込まれるように、して。


「…は、い」
「…」

名前を呼ばれてぎこちなく返事をすると、リュウさんはふいと視線を逸らしてぐしゃぐしゃと私の頭を掻き回すように撫でた。途端にぼさぼさになった髪を直そうと手を頭に伸ばすが、その手はリュウさんによって捕らえられてしまう。え、なんだ、この状況。

片腕をリュウさんの手に捕まれ、気付けばリュウさんのもう片方の手は私の頬に伸ばされていた。彼の私の腕を捕らえている手のように、この伸ばされている手を掴まなくては。そう思うものの、再び絡まったリュウさんの瞳はそれさえも許してくれなかった。やがて頬に触れた手は冷たく、ひやりとした温度に堪えられずにきゅっと目をつむる。

「…無防備だな」
「は?いえ、」
「瞳を閉ざしたのは、逃げか?それとも、」

誘ってるのか。そう耳元で囁かれた言葉に、体温が急上昇するのを感じた。違う、違う、そんなんじゃなくて、私はただ手の温度が冷たすぎて目をつむってしまっただけで。けれどそんな私の心の言葉など知らないリュウさんは、相変わらず瞳を閉じたまま無言を貫く私を見てどう受けとったのか、触れるだけの口づけを私のまぶたに落とした。リュウさんの息が前髪を押し上げ、ふるふるとまぶたが震える。

「…からかいすぎたか」
「え、」
「悪い。行くぞ」

途端に手首と頬が解放され、私の顔からリュウさんのそれが離れていくのを感じた。なにが、したかったのだろうか。そのようなことをぼんやりと思いながら、私はさっさと歩いていくリュウさんの後ろ姿を慌てて追いかけた。



捕われた瞳




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