「リュウさん!」

前方の民家の屋根にひらひらとたなびく長い青銀の髪を見つけて名前を呼ぶと、リュウさんは至極嫌そうな顔をしたけれどそれ以上逃げることはなかった。私は今にも崩れそうな石塀に足を引っ掛け、ひょいと屋根に登ると乱れた息を整えながらリュウさんへと駆け寄る。リュウさんは相変わらず嫌そうな顔をしたままだった。

「なぜ探す」
「リュウさんの傍にいるのが今の私の仕事だからです!行動の制限はよほどのことでない限りしませんから、勝手にいなくなったりしないで下さいよ…」

お願いします、と添えて告げるとリュウさんは小さく舌打ちを鳴らした。いちいちそれに怯えるほど可愛い性格をしているわけではないが、口を引き結んでうろうろと視線をさ迷わせる。確かに私に周りをうろちょろされるのは目障りでしかないだろうが、これが今の私の仕事なのだ、文句があるなら上司に言ってくれ、上司に。

「…降ってきたな」
「え?あぁ…雪ですね」

リュウさんに言われて上を見上げると、白い雪がちらちらと降りてきていた。私の出身は豪雪地方なのでこれくらいの雪ではそう驚かないものの、台湾では雪が珍しいのだろうかとふと思う。その時、道理で寒い、と白い息を吐きながら呟いたリュウさんに、私は数秒思案してから自分の首に巻いていたグレーのマフラーを解いてリュウさんに差し出した。

「なんだ」
「どうぞ。私、寒さには慣れてるので」
「…女が使ってたものを借りれるか」
「あ、…あー、そりゃそうですよね。でもリュウさんに風邪引かれたら困るのは私達なので、すみませんが私ので我慢して下さい」

女が使ってたものは使いたくないなんてお前はどこぞの中学生男子か、と心の中でツッコミを入れながら無理矢理リュウさんにマフラーを押し付けた。というか冬なのになんでそんな薄手で日本に来たんだ、と常々思っていたことを再び思う。リュウさんは私に押し付けられたマフラーを凝視しており、そんなにも借りたくないのかとがっくりと肩を落とした。まぁ、いいか。そう思い、マフラーを受け取るために手を出す。

「すみません、迷惑だったみたいですね。出過ぎた真似をしました」
「…迷惑ではない」
「…じゃあなんです?」
「…お前が寒いだろうが」
「寒さには慣れていますので、」
「違う。そういう意味じゃない。…日本の女はみんなこうなのか?」
「は?」

言ってる意味が分からない。そう表情に出して問い返すと、リュウさんは少しむっとしたような表情をしながら再び舌打ちを鳴らした。そして怪訝そうに眉を寄せている私に手を伸ばしたかと思うと、手に持っていたマフラーをふわりと私の首に掛ける。目を丸くしながらその動作を見守っていると、幾分か上にあるリュウさんの口から呆れたような声が聞こえた。

「少しは見栄を張らせろ。お前は甘えというものを知らないのか?」
「や、でも…リュウさん、寒そうですし…私、寒さには慣れてますし…」
「慣れてはいても寒くないわけはないだろ」
「…もし風邪を引いたら、私の代えはききますけど、リュウさんの代えはききません」
「お前の代えもきかないだろ。がいなくなれば、誰が俺の傍にいるというんだ」
「…リュウさん、意外と我儘ですもんね」
「余計なことは言わなくていい」

そう言いながらリュウさんが少しきつめにマフラーを締めたため、私は「ぐぇっ」と奇妙な声を発しながらすぐさま喉元にある彼の手を掴んだ。リュウさん、私を殺す気か。手を掴んだまま上目に睨むようにリュウさんを見つめると、にやりと不穏な笑みを浮かべた表情とかちあった。薄々感じてはいたが、この人、根っからのサディスティックだ。

そう思った瞬間、通信機が音を鳴らして着信を告げ、リュウさんの手を離して通信機を手にする。通信機を耳にあてて聞こえるのは聞き慣れた若い上司の声で、通信の調子がよくないのかノイズが少しだけ聞こえた。

「はい。…はい、分かりました。今すぐ戻ります」
「…本部か。何かあったのか」
「そのようです。鍵で戻りましょう」
通信機を戻しながらリュウさんにそう答えた。上司の声からして緊急事態ではなさそうだが、早く戻るに越したことはないだろう。そう思ってリュウさんから少し距離をとり近くに使えそうなドアがないか辺りを見渡した。すぐに近くの民家で使えそうなドアを発見し、着いてきてくださいと告げようとリュウさんを振り返る。だが、なにやら真剣な瞳を向けられていて私の口は言葉を発することなく閉じられた。射抜かれそうな瞳が、強くて、空気が止まるような感覚。

「…リュウ、さ、」
「先程の言葉を、忘れるな」
「は、」
の代わりはいない」
リュウさんはそれだけ告げると、ふうと息を吐いて瞳を伏せた。行くんだろ、と促す言葉を告げられて、ぎくしゃくとした返事をしながら私は屋根からぽんと飛び降りる。

私はリュウさんに言われた言葉の意味を考えながら、腰に下がる鍵の束から本部の鍵を探す。私の代わりは、いる。彼は何を言っているのだろうかと、リュウさんの言葉を素直に受け取れないまま、私は見つけた本部の鍵をドアノブにまっすぐに差し込んだ。



ねじれたまま




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