数年ぶりに会ったはたいそう綺麗な女性になっていた。胸あたりまでしかなかった髪は腰近くまで伸び、おどおどとして頼りなかった表情は消え失せて凛とした視線が俺を貫く。数年ぶりのその姿は記憶に残っていたものから大分変わってしまっていたが、彼女のまっすぐな瞳はそのままだった。そう、その透き通る眼差し。俺はその漆黒の瞳に惹かれたのだ。

そうやって思い出に浸りながら今の彼女の姿を見つめ、再開の感動を噛み締めていたにもかかわらず、だ。

「セイリュウ、まだ生きてたんだ」

俺を見つめながら告げられた、さも世間話であるかのような彼女の言葉には感動もくそもない。なんだ、生きてて悪いかこのやろう。あまりの自分と彼女の温度差に感動的な再開というものが阿呆らしくなり、未だぼうっと突っ立ったままであるの目前まですたすたと歩いた。どうしてやろうか、と迷ったのはほんの一瞬。はたこうかと伸ばした手を少し下げて、相変わらず柔らかそうな頬に伸ばした。

ぐに、と引っ張ると昔と変わらずよく伸びる。ぎゃあ、とがあげた声も記憶のままであった。なんだ、変わったのは外見だけで中身は全く成長していないのか。

「い、だだだだ!ひっはるら!」
「先日、メールを送っただろうが。見てないのか」
「へーる?」
「…見てないのか」

チッと舌打ちを鳴らすと、は「ほへんなはい」と気が抜けるような返事をした。その緩すぎる謝罪に肩を落としそうになるが、この数日彼女からの返信がないことに気を揉んでいたので幾分かほっとする。どうやら無視されていたわけではないらしい。

は「いいはへん、はなひてよ」と言いながら、彼女の頬をつねる俺の手を取る。俺は彼女の頬をつねることは止めるものの、手自体を彼女の頬から離す気はなかった。もそれに気付いたようで、訝し気に眉を寄せるとようやく俺の瞳を直視する。絡まる視線に、ぞくりと背筋に何かがはい上がった。その挑発的な意志の強い瞳に、やはり、こいつはおもしろい女だと思う。

手に入れたいと、彼女を欲したのは今に始まったことではなかった。数年前、彼女に最後に会った日からその思いは変わらないまま。あの日叶わなかった願望は、自分の弱さ故であった。昔の自分には権力も実力も、何もなかったのだ。彼女を守り抜く自信さえも。だが今は違う、権力も実力も手に入れた。そして、少しばかりの勇気も。今でも満足なものは何一つない、だが過去の過ちを繰り返さないだけの力は手に入れたつもりだ。もう、彼女の背中を見送るだけなんてことはないように。

黙ったままの俺を不思議そうに見上げ、「セイリュウ?」と俺の名を呼ぶその姿はすっかり大人のもの。今ここで逃したら、きっと後悔する。


「なに?」
「久しぶりだな」
「え?あ、うん。…今更?」
「今更ってなんだ。お前が台なしにしたんだろう」
「え、そうなの?」
「…」

どうやら鈍いのも、変わらないらしい。本当に変わったのは外見だけなのか、と溜息をついた。何も知らないといったように、は再び「セイリュウ?」と俺の名を読んで首をかしげる。あぁ、もう、天然馬鹿。そんな仕草も、かわいいだろうが。

気付けばの頬に添えられていた手に力を入れており、空いていたもう片方の手をの腰へと素早く回す。ぐい、と引き寄せると同時に上を向かせた。細い腰を抱く感触にぞくぞくとした快感がはい上がる。が、欲しい。本能がそう告げていた。

「…何の真似よ」
「すっとぼけるつもりか?」
「なにが、」
「『次に会ったら、言いたいことがある』」

過去の自分が告げた言葉を繰り返すと、は覚えていたのか途端に反発が弱くなった。先程までの挑発的な眼差しもいいが、このように昔のようなおどおどとした眼差しもやはりかわいい。あー、うー、と言葉を濁しながら視線をさ迷わせるその姿に、腰を抱く力を強くした。瞬間、びくりと肩を跳ねさせておそるおそる俺を見上げたに、あ、こいつはもうだめだ、と思う。頬に添えていた手を離して彼女の頭を引き寄せた。すっぽりと俺の胸におさまったは、落ち着きこそないが、拒絶の反応は示さなかった。

「忘れたとは言わせない」
「わ、すれ…て、ない」

俺もも、もう昔のように幼いわけじゃない。今この状況が、なにを示しているかなんて考えなくても分かる。は行き先がなかった両手を、おそるおそる俺の背中に回した。それが合図だった。


「う、うん」
「好きだ」
「…うん」
「待たせてすまない」
「…うん、」
「もう、離さない」

もう背中を見送ることはないように。一度強く抱きしめてから少しその力を緩め、気持ちばかり距離を取る。見上げてきたの頬に手を伸ばし、涙の膜が滲む目元に唇を落とした。

「セイリュウ」
「ん」
「…は、離さないで、ね」

あぁ、だから、馬鹿。恥ずかしそうに、けれど俺の目を見ながら告げられた言葉にもう我慢できなかった。離すわけないだろ。泣いて懇願しても離してはやれないからな、と心の中で告げながらゆっくりと彼女の唇へと自分のそれを触れさせた。



銀河の果てで実る恋



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