「」 「はい?…どうしたんですか、蝮さん」 は返事をしながら蝮のほうを振り向いた。蝮は珍しくあー、うー、と非常に言いづらそうに言葉を濁しながら手先をもじもじと動かしている。蝮らしくないと思いつつそのまま見守っていると、やがて彼女は意を決したように拳を握った。 「アンタ、さっき浅倉に声掛けられてんかった?」 「掛けられました」 「何て言われたんか聞いてもええ?」 「あー…あんまり、広げないで下さいね?今日の夕ごはん、どっかに食べに行かないかって誘われました」 「さそっ…?!し、承諾したんか?!」 「いえ、丁重にお断りさせていただきましたよ?なにぶん金欠なもので」 「そ、そか…あ、ならええんや。引き止めて堪忍な、」 「いえ」 結局何が聞きたかったのだろう。まさにの表情はそう言っていたが、蝮は「あぁ、気にせんでええよ」と苦笑を漏らしながらを先へと行かせる。が廊下の角を曲がって行ったのを確認してから、蝮は溜息をついて「志摩ァ!」と俺の名を呼んだ。そろりと廊下の影から姿を現すと、蝮は眉をつり上げながらこちらへとズカズカと歩いてくる。なんやねん、もう。 「夕食誘われたんやて!どうするんやアンタ、浅倉なんかに先越されたら私怒るで!」 「なっ、断ったってゆうとったえ?!」 「そういう問題やあらへん!」 反論できずに口を紡ぐと、蝮はやれやれといったように深い溜息をついた。そしてが消えたほうを振り返り、あの子は、と続ける。 「は、きっとなぁんも分かっとらんと思うで」 「やろなぁ」 「浅倉を断ったんも金欠やから、やて」 「…アホやなぁ」 あまりにも浅倉が憐れで思わず苦笑を漏らした。自分から誘っておきながら、しかも好きな女に夕食代を払わせるわけないというのに。 が京都出張所に異動してきてからもうすぐ三ヶ月ほどが経とうとしている。普段はしっかりしているくせに少々危なっかしいは、そういう意味であるにしろないにしろ、多くの者に好意を向けられていた。ここでの生活に慣れてきた彼女に手を出そうとする輩は多くはないが少なくもない。かく言う自分もその一人なのだが、と思いながら「志摩、聞いてるんかァ?!」と怒鳴る蝮を黙らせた。 「うっさいわアホ蛇!誰かに聞かれたらどないすんねん!」 「知らんわ!」 幼なじみとは言え、彼女にこの想いがいつの間にかバレていたのは失態だ。彼女曰く、自分以外の者は気付いてないらしいのでそれだけが唯一の救いだった。きっと金造にでもバレたら次の日には出張所中に知れ渡っているに違いない、それだけはなんとしてでも阻止せねば、と思う。 「もな、アホやないんやで!うかうかしとって誰かに取られても、私知らんからな!」 「言われんでも分かっとるわ!…他の奴になんかやらへん。確実に、落としたる」 「…ま、頑張りや」 「おん」 恥ずかしくてぼそぼそとそう告げると、何故か蝮も少し顔を赤らめながら俺の背中を叩いて隣をすり抜けていった。蝮なんかに言われなくても分かっている。醜い独占欲がぶくぶくと溢れ出しているみたいだった。を他の男にくれてやる気などさらさらない。 彼女の隣に立つのは自分なのだと思いながら、が消えていった廊下へと足先を向けた。とりあえず夕食は断られる可能性が高いようなので、ひとまず気軽に誘える甘味処にでも誘ってみようか。 120405 |