※いかがわしい場面あります



「よ、酔って、ません!」
「酔っ払いはみんなそう言うんや。ほら、おぶさりぃ」
「酔って、ませ、んってば!」
「…蝮、こいつめっちゃめんどくさいねんけど」
「知らんわ。アンタの彼女やろ、なんとかせぇ」

俺の隣でとのやり取りを見ていた蝮にそう声を掛けるが、蝮が手を貸してくれる様子は全くなかった。確かには俺の恋人であるが、こんな状態ではそこへんの道で絡んでくる酔っ払いと同様だ。めんどくさい、その一言に尽きる。

酔ってません、と一向に俺の言葉を否定し続けるをなだめながら、なんとか彼女を背中に乗せて蝮に別れを告げる。蝮もこんなに酔っ払っているは初めて見たのだろう、彼女を家まで送るのに付き添おうかとまで言ってくれたが断った。犬猿の仲ではあるものの一応蝮も女だ、これ以上彼女の帰りを遅らせては次に蟒さんに合わせる顔がない。

、ちゃんと掴まっときぃや」

「うーい」
「おま…先輩やねんぞ俺」
「うーい」
「…もうええわ」 ういー、と気の抜けるようなの返事が聞こえる。俺は一度彼女を抱え直してから、そう遠くも近くもない彼女の家がある方向へと歩いた。

は酒に強い。ものすごく強い。飲み比べをしたらおそらく俺が負けるだろうと潔く認められる程度には、は酒に強かった。酔っても気分が少しふわふわするような程度だといつか聞いたことがある。そんなが今回泥酔していた。一体どれだけ飲んだのかと呆れたくなるのも仕方がないだろう。

「じ、じゅーぞーさぁん」
「なんやねん。つーかお前、酒くっさ…」
「じゅ、ぞーさぁん!」
「だからなんやねんて」
「よん、呼んだ、だけですう」
「…、そーかいな」

かなり酔ってやがるな、コイツ。いつもはむしろ俺がに介抱されるのだが今回初めて逆の立場になってみて、酔っ払いとはなんてめんどくさい生き物なのかと思った。男の部下や友人であったならば適当に蹴りでも返しておくものの、女、ましてや恋人にそんなことはできない。

酒を飲んでいるせいだろう、背中の体温はいつもより大分熱かった。夜の心地好い風がやけに涼しく感じる。

は先程から言葉になっていないむにゃむにゃとしたぼやきを零しており、上手く聞き取れないが自分や蝮の名前がちらほら聞こえる。よくよく耳を澄ませてみると、なにかの音楽にのせてひたすら知り合いの名前を口ずさんでいるらしかった。まむしさんー、じゅうぞうさぁん、きぃんぞーふふん。アホやろコイツ、と思う。

「自分、酒飲み過ぎるとめんどくさいんはよぉ分かったわ…」
「んなわけないですよお」
「オェッ?!う、腕!首絞めんなアホ!!足!!」

復讐なのか、首に巻き付けられていた腕をぎゅっと絞められた。ついでと言わんばかりに足も絡めてくる。まるでコアラだ。それだけ密着するのは嬉しいものの今のはただの酔っ払いだ、面倒なことこの上ない。ただ、うなじにかかる彼女の湿り気を帯びた息遣いに少し、いやかなりドキッとしたけれど。

んー、とくぐもった声と共にうなじに顔を埋められた。ぴたりと直接感じる体温は、やはり熱い。こそばゆいこの感触に口元をもごもごと動かしながら、いつも俺に同じようなことをされているはこんな気持ちなのかと思った。いつもしているばかりで気付かなかったけれど、これ、されてるほうはかなり恥ずかしいやん。

「柔造さん、酒臭いですねえ」
「文句か!降ろすで!」
「いやですよお」
「オエエエ腕!首絞めんなや!」

すみませえん、というふわふわした返事が聞こえる。謝罪の気持ちがまったく込められていないそれに苦笑を漏らしつつ、よいしょと再び彼女を抱え直した。の家は、もう少し先だ。

「じゅ、うぞーさぁん」

「なんや酔っ払い」
「なめても、いい?」
「…、は?」

突拍子もないの言葉に一拍返事が遅れるが、結局返事らしい返事はできなかった。なめてもいい、ってなんやねん。足は相変わらず進ませるけれど内心かなり動揺していた。どういうことだと尋ねる前に、うなじにぬるりとした熱い感触を感じる。瞬時、びくりと震えた俺の反応を楽しむかのようには先程舐めたところと同じ場所に軽くキスを落とした。

「おま…っ、」
「ん、う…」

くちゅ、と厭らしい音が耳元で聞こえる。全身に心地好い冷たさの夜風が掠める中、酔ったの舌はひどく熱く感じた。くちゅり、と再び聞こえる水音は先程よりも大きい。

誰も通らない夜とはいえここは普通の道だ、やめさせようと自身の頭を彼女から遠ざけようとするものの、がっしりと首に腕を回されていては意味がなかった。ねっとりとした舌に頭がくらくらして足を止めてしまう。やばい。これは、やばい。

いつもは小さな快感にぴくりと震えるを愉しんで弄っていたものの、やられる側としてはたまったものではない、と思った。束の間、耳を軽く甘噛みされて、思わず小さく声を漏らしてしまう。それがは嬉しいのか、ちゃぴちゃぴと耳に唾液の音を響かせた。

「お、ま、待て…や…、ッ」
「ふ、」

耳元でリップノイズが聞こえて、が一度遠ざかった気配がした。夜風が濡れたうなじや耳をひんやりと掠めて、先程までの行為をまざまざと感じさせる。

なにもしていないというのに自然と息遣いが荒くなっている自分に驚いた。きっと顔は真っ赤だろう。そんなガキではないはずなのに、これしきの行為で発情している自分がいた。廉造じゃあるまい、なにやってんねん俺。

「かわい、」
「ど、っちが、や…!」
「ふ、」

首に近い肩をやわやわと食まれ、ずくりと熱が疼いた。やばい、我慢、できそうにない。ごくりと喉を鳴らすと、、と背中の酔っ払いの名前を呼んだ。ふと彼女の唇の感触が離れて「はぁい?」という呂律のあやしい返事が聞こえる。

「走るで、ちゃんと掴まっとき」
「…、たっちゃいました?」
「家で覚えてろやこの酔っ払い」

遠慮ない物言いにそう言い放って地面を蹴ると、ひゃああというなんとも間抜けな声が背後から聞こえた。この酔っ払い、後悔しても煽ったのはそっちやからな。そう心の中で言い訳を告げた。

わりと近くまで来ていたためすぐにのマンションにつき、合鍵でドアを開けるとなだれるように彼女の部屋に入り込んだ。おぶっていたを無理矢理降ろして抱きしめながら、後ろ手でドアを閉める。ついでにガチャリと鍵もかけてしまうと、まるで待ちきれないといったように玄関での唇に噛み付くようなキスをした。

「…ッ、は、…堪忍、我慢できんわ」
「しょうがないですねえ」
「アホ、煽ったのはお前や」
「えっち」
「なんとでも言ぃ」

の唇を塞ぐように再び強引にキスをすると、きつい日本酒の味が香る。深く何度も唇を合わせるとやがてはぐずぐずになり、それはこころなしか、いつもより甘い味がした。




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