「はぁ…流石に疲れたねえ」 「、」 「ん?…っ、ふ、」 小さく息を吐いた途端ぐいっと腕を引っ張られ、ふと振り向いたら急に金造に唇を奪われた。奪われた、で済んだならよかったものの、金造は一度唇を離したかと思えば呼吸をする間もなく再度深い口づけを交わしてくる。急なことに驚きながら、息が苦しくなってきたので意識して鼻で酸素を取り込んだ。 「ん、う、」 「…は、」 唇が離れるか離れないかという距離で聞こえた金造の濡れた声に、そろりと閉じていた瞼を開けると、まるで見るなとでもいうようにグッと私の背中に回されている腕に力が入った。深く口づけを交わす度に緩くなる私の唇に、金造の舌が入ってくるのは分かりきっていたけれどビクリと小さく肩を揺らす。ざらりと舌を舐められ慌てて引っ込めようとするが、浮かした一瞬のうちに舌を絡み取られた。 唾液の味はひどく生々しく、自分のものとは違うそれにはなかなか慣れないなと思う。ふ、ふぁ、と思わず声を漏らす私とは裏腹に、金造は余裕があるのだろう、ひたすら私の舌で遊んでいるようだった。舌を絡め取るために更に深くなっていく口づけに、ぎゅうと金造の明陀の制服の袖を握ると、じゅっという厭らしい音と共に舌先を吸われる。あまりにきつい甘い刺激に、背伸びをしている足ががくがくと震えた。 「ふ、…き、きん、ぞ、」 「…なんや」 「それはこっちの台詞…ていうかここ廊下なんだけど、」 「…もうちょい、黙っとれ」 「え?どうい、…ふ、ァ、」 私の言葉を最後まで聞かないまま、金造は再びねっとりとしたキスを重ねてくる。ふわりと香るのは色気など皆無な汗と砂埃のにおいで、私のものか金造のものかなんてわからなかった。たぶん両方だ。 今は勤務時間中であり、人通りの少ない廊下といえど誰かが通ってもおかしくはない場所であった。私と金造が恋人同士であることは隠してはいないものの、そうおおっぴらにもしていない。見られたら恥ずかしい、というよりも勤務時間中にこんなことをしていた言い訳が面倒だなと思った。まぁいいや、それは金造に押し付けよう。 しばらくした後で金造は名残惜し気に唇を離した。最後にリップノイズを鳴らすキスをひとつ落とすと、ようやく私から少し距離を取る。私は激しかったキスに息を切らせながら、唾液が零れている唇を拭った。 「…エロいことすんなや、またチューしたくなる」 「ぬ、拭っただけじゃん!」 「それがエロい言うとるんや」 「…どした?金造。なんかおかしくない?」 「………」 金造は唇を尖らせたかと思えば、また私に短くキスを落とした。一瞬掠めただけのバードキスに、少し残念だと思ってしまっている私こそ何かおかしいのかもしれない。 金造はそのままぎゅっと私を抱きしめた。彼の表情は見えないけれど、片口にかかる吐息はキスの名残で色っぽい。ドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせるように私も金造を抱きしめた。いや、むしろ心臓がうるさくなったかもしれない、と他人事のように思う。 「…さっき、背後から狙われたときな、」 「うん」 「大袈裟かもしれんけど、死ぬんちゃうかって思ったん」 「…私も思った」 さっき、というのはつい数十分前のことである。私と金造のペアで警邏の仕事に出ていたら、悪魔に背後から襲われた。よくあることだが、今回は少し違っていたのである。今日遭遇した悪魔は気配を隠すのに長けていたため、ギリギリまで私も金造も気付けなかった。幸いお互い怪我はしなかったものの、あと一瞬でも気付くのが遅れていたらかすり傷では済まなかっただろう。 とりあえず所長に報告を済ませただけなのでこれから報告書を作らなくてはいけないのだが、所長のところから戻っている最中に金造に突如キスをされたのだ。そうだ、早く報告書を作らないと。そんなことを思っていると、「そん時、」と金造の言葉の続きが聞こえた。 「とチューしたいて思ったん」 「…は?」 「やからぁ、死ぬ前にとチューしたいて、」 「あああ分かったからもっかい言わなくていいから!」 死ぬかもしれへんて思ったらな、もっとといっぱいチューしときたかったなぁて思ったん。ほんま言うとチューだけや足りひんのやけど、とにかく、ともっと一緒にいたかったなぁて思ってん。俺アホやし、俺ももこんな仕事やしいつ死ぬかも分からん。でもあんとき、死ぬかもて思ったとき。 のこと、めっちゃ好きやて思ったん。 ぼそぼそとそう告げた金造は、顔を上げて空いている右手で私の顎を捕らえた。金造の急な告白に呆けていた私は、いつになく真剣な金造の表情にハッと現実に引き戻される。そして金造の言葉を頭の中で繰り返し、ぱくぱくと口を情けなく開閉させながら、顔に熱が集中するのが分かった。な、なにを、この男は。 「…あ、アンタは、よくもまぁいけしゃあしゃあとそんなことを…!」 「やってほんまやもん」 「あ、う、そうだろうけど、いや、」 「、照れとる」 「て、照れてなんか!」 悲しいかな、ないとは言い切れないと自分でも痛いほど分かっていた。私こそ、この熱くなった顔でよくもまぁいけしゃあしゃあと言えるものだ。 やはり恥ずかしくなって、捕らえられていた顎先の手を振り払うとそのままぼすんと金造の胸に飛び込んだ。そのままぎゅっと抱きしめると、少し遅れて背中にも暖かい体温を感じる。 「…私もすごく好きなんだからね」 「、…おん」 しばらくそうしていたけれど、やがて髪を梳かれてなだめられるようにして頬に手を当てられる。誘導されるがままに顔を上げると、幸せそうな金造の表情が見えた。そのまま包まれるようなキスをされ、ちゅくちゅくと啄むように繰り返すと、それは先程のような深いものへと変わっていく。けれど今はそれさえも幸せの要素のひとつとしか感じられないほど、私は金造をいとおしく想っていた。 120505(リクエストありがとうございました!) |