「じっ…柔造!」 「、」 階段の先に見つけた、見慣れた後ろ姿に涙が出そうになった。柔造が振り返るのと同時にしゃらんと音をたてた錫杖は、今から彼が戦闘に向かうことを暗に示している。もつれそうになる足で階段を駆け降り、柔造から差し出された腕に縋り付くように手を伸ばした。柔造に引っ張られて彼との最後の距離を縮めると、片腕で胸元に抱え込まれる。じわりと目頭が熱くなった。 「柔造のアホ!何勝手に行こうとしとるん!」 「…ごめんな、」 「アホや、あんたはほんまにアホや!」 「おん、ごめんな」 「やからアホや言うとるん!うちは柔造に謝ってほしいわけやない!」 「…許してぇや、」 ぎゅっと強く抱きしめられると同時に、しゃらんと慣れた錫杖の音が聞こえた。スンと鼻を鳴らすと、途端にぶわりと涙があふれてくる。堪えきれなくて小さく肩を揺らすと、再び柔造の小さな謝罪の声が聞こえた。だから言うとるやん、その言葉を聞きたいわけやないんや、て。 最近出張所で頭を悩ませていた、悪魔の討伐。特別対策本部が設けられたのは知っていたが、まさかこんなにも早く祓魔隊が動くなんて思わなかったのだ。警邏隊に所属している私にはその情報が回らず、祓魔隊に所属している友人から電話があり、『志摩隊長、例の悪魔討伐隊員に組まれとったで?!舞、会いに行かんの?!』と柔造が討伐に向かうことを知らされたのである。 死ぬ確率は高くはないが低いわけでもない、必ず生きて帰ってこられるとは言いきれない。そう友人に言われて、携帯を片手に柔造を探し回っていたのだ。もう会えなくなるとは、思っていない。柔造は必ず生きて帰ってくる。そう信じているものの、もうこのまま会えなくなるという可能性もないわけではないのだ。 「な、なんも、言わんと、行く気やったん…?!」 「…もし会うたら、話そうとは思っとった」 ぐすっ、と鼻を啜るとよしよしと頭を撫でられる。器用に錫杖を抱えたまま、両腕で包み込むように抱きしめられた。応えるように私も柔造の背中に腕を回し、ぎゅっと彼の服を握りしめる。このあたたかなぬくもりが、ずっと続けばいいのにと一瞬だけ思った。 「…これ、が、最後やなんて信じん。…信じんから」 「おん、俺も信じとらん。…やで、泣き止みぃ、」 そろりと顔を上げると、困ったように笑う柔造と目があった。分かっている。こんなことをしてもどうにもならないってことくらい、柔造が笑顔で見送ってほしいと思っていることくらい。 唇を結んで、一度ぎゅっと強く柔造を抱きしめた。顔を彼の胸元に埋めてから、そっと柔造から腕を解く。最後じゃないと分かっている、分かっているけれどやはり少し名残惜しかった。 「…ごめん。…いって、らっしゃい」 「…、おん、ちょっと行ってくるわ」 まるでこれから近所のコンビニにでも向かうかのように柔造は笑顔で答える。思わずそれに笑みを零すと、柔造が軽く額にキスを落としてきた。自然に降りてきた柔造に予兆を感じて瞼を閉じると、間もなく唇に柔造のそれがやさしく触れる。少ししょっぱいキスだったけれど、溢れんばかりの愛が込められているのをかんじた。 120524(待ってるから帰ってきてね) |