「土方さん土方さん、私やっぱりこんな可愛らしい色の着物って似合わないような気がするんですけど」


着物の袖を翻して今の自分の姿を想像するが、薄桃色なんていう可愛らしい且つ女の子らしい着物なんて自分には全く似合わないような気がしてならない。せめて若草色だとか浅葱色だとかいったものを用意してくれたらまだよかったのに、と思うが後の祭なのでそれを口には出さなかった。けれどやはり薄桃色は若干抵抗がある。男装ばかりしている私が薄桃色の着物、それはやはりちぐはぐに違いないだろう。


「あーもうそれくらいどうでもいいだろ、女物の着物買ってやっただけ嬉しく思え」

「買ってやったって……任務上公費で落としてもらってるはずですよね?」

「女物はいろいろ揃えるだけで金がかかるんだよ。ほら、文句言ってないでさっさと髪結え」


はーい、と気だるそうに返事をしてから鏡の前に置いてあった櫛を手に取り、その場に座り込んだ。櫛をするすると髪に艶が出るまで何度も通し、数種類の髪紐と簪に目をやりながらどんな髪型にしようか考える。とりあえず頭上でひとつに髪をまとめると、ぱらぱらと落ちてくる顔の横の後れ毛はそのままに髪紐で器用に結いあげた。さてどうしようかとこの後を思案するがなかなかいいものが思い浮かばず、千鶴ちゃんの助けがほしいなぁと心の中で呟きながら髪をくるくるとねじりながらひとつにまとめるとその形が崩れないように簪を挿した。結局定番の髪型だ。


「……お前いつの間にそんな技身に付けた」

「まぁこれでも元はなかなか良いトコのお嬢さんだったものでね。着付けやお針子、お茶にお花に礼義作法などなど一通り叩き込まされまして」

「ははぁ、やっとそれが生かせてよかったな」

「生かす日なんて出来れば来てほしくなかったですけど」


あんな家に感謝なんてしたくないですから、と言うと土方さんはそうかよと適当に返事をして巾着やら下駄やらを私に寄越した。渡された巾着に多少の重みを感じて絞ってある口を少しだけ緩めてみると、中にはこれはまた可愛らしい手拭いと少しのお金。目を丸くして土方さんを見やるとにやっとした笑みとかちあった。


「最近は任務か屯所かのどっちかだったろ、適度に楽しんで来い」

「……これ、お給料から引かれてます?」

「お前のじゃねぇけどな」

「えっ……じゃぁ誰の?!申し訳ないんですけど!」

「気にするな。言っておくが俺からじゃねぇぞ。ほら、早く行きやがれ」

「えっちょっ気にしますって!」

「そんなに大した額じゃねぇだろ、もらっとけもらっとけ。そんでもってさっさと行け」

「う、あ、じゃあ、もらいますけど……行ってきます!」


玄関で待っているだろう人物を思い出して科白を告げながら巾着と下駄を両手に持って部屋を出る。着物は薄桃色で帯は紅、巾着は着物と同じ薄桃色で下駄の鼻緒は白。簪は朱色を基準とした珠がいくつか頭上で揺れている。誰が揃えてくれたのかは知らないがなかなか上手い配色だと思った。普段男所帯で生活している私にとって薄桃色は抵抗があったが、女の子らしく見せるためには一番効果的な色なのだろう。そんなことを考えつつこの姿を屯所の誰にも見られないことを祈りながら玄関へと急いだ。小走りで進んで角を曲がると、既に準備を終えて暇そうな状態の山崎くんを見つける。随分と待たせてしまったらしい。


「山崎くん、ごめん」

「……遅い」

「女の子の準備には時間がかかるんだよ」

「馬子にも衣装だな」

「言っとけ」

「嘘だ、似合う」

「……あの、アナタの本音はドコ?」




***




「烝さん、私簪が見たいな」

「あぁ……さっきあっちに露店があったな。見に行くか」


やった、と微笑むにこちらも口元を綻ばせながら簪が並べられている露店を目指す。風が吹くたびに顔の横に垂れている髪がふわりとなびき、それと同時に薄桃色の着物の裾がひらりとはためいた。が始終にこにこしているのはこれが任務だからという理由もあるかもしれないが、それよりも彼女自身が純粋に京の町中を楽しんでいることのほうが大きいだろう。の頭上に挿されている簪の飾りの珠は歩くたびにゆらゆらと揺れて、俺から見ると丁度良い位置にあった。

いつもと違って名前で呼ばれるのは初めはくすぐったいような恥ずかしいような気持ちだったが、慣れてしまった今ではそれさえも微笑ましく感じてしまう。自然に緩むの顔はいつもの彼女からは考えもつかないほど無邪気なもので、こうして見るとただの娘のように見えた。その年相応な無邪気さが長閑で和やかで、微笑ましくて愛おしい。いつもの彼女とは違う“町娘”としての目線の京はとてつもなく華やかでさぞ魅力的だろう、と思いながら周囲には聞き取れない程度の大きさで声をかける。


「楽しそうだな」

「まぁ、一応任務だけど……そんなの気にしなくていいって、土方さんからも言われてるし。お洒落して京の町を歩くのは、楽しいかな」

「そうか。……そういえばその着物、お前が見立てたのか?」

「え?いや、違うけど……やっぱり、似合わない?私もこんな可愛らしい色、予想外でちょっとどうかなって思ってたんだけど」

「……そんなことない、似合ってる。可愛い」

「え、あっ……えっ?!」


心なしかいつもより柔らかい口調と女らしい振る舞いについぽろりと正直な感想が出てきてしまい、言ってしまってから自分の発言が恥ずかしくなってきて口元を押さえる。もわたわたと妙な動作を繰り返しながら頬を朱く染め、「え、あ、う、……あ、ありがと……」とそわそわしながら小さく告げる声が聞こえた。


「…………」

「…………」

「……えっと。……あっ!烝さん、簪の露店、あった!」

「あ、あぁ、ここだな」

「おっ姉ちゃん、簪をお求めかい?無口そうな兄ちゃんにおねだりしてみな!」

「や、やだ、私たちそういう関係じゃ……!」

「なに遠慮してんだ、ほらほら姉ちゃん、どんな簪が欲しいんだ?」

「え、えっと、薄い色の……あんまり高くないやつで、装飾もごてごてしてないかんじの」


主人とが言葉を交わしながら簪を決めていく様子を傍観しながら、自分も並べられている簪に目を向けた。形も色も様々で、値段も高いものから安いものまで多種多様である。がなんのために簪を欲しがっているのかは分からないが、困ったようにけれども楽しそうに簪を物色する彼女はまさに“ただの娘”であった。人殺し集団とも囁かれる新選組に属している彼女でも、このように普通の娘になることができる。それは自分にとってとても嬉しいことだった。

今回このようなまねをしているのは月に一度の町の調査が今日の任務だからである。月の始めに毎月行っているこの調査は町人の様子や彼らの生活などに表立った変化があるかどうか、あるのならばそれはどんな変化なのか調べることが任務。しかし実際は毎日多忙である監察の面々の休息日であった。町を徘徊して気付いたことを報告するだけという簡単かつ単純な任務を上手く生かして、非番のごとく普段着で町中をうろついている者もいれば黒装束で黙々と任務をこなす者もいる。基本的に監察職には真面目な者が多いので大抵が後者だが、今回の俺とはまさしく前者であった。理由はただひとつ、土方さんからの御達示だからである。詳しくは、これからなにかと必要になってくる可能性のある女物の着物を仕立てたからついでにその格好でうろうろしてこい、とのことだ。彼女ひとりで京の町を歩かせるのはいろんな意味で危ないと思ったのか俺という相手役まで付き添わせてである。なにか意図を感じないわけではなかったがそれについては深く考えなかった。きっとも同じようなものだろう。


「烝さん烝さん、こっちの白いやつか、浅葱のやつ、どっちのほうがいいと思う?」

「……こっちのほうがお前には似合う」

「白のほう?じゃあこれにしようっと」


はさっさと貨幣を渡して簪を受け取った。細工が壊れないようにするために紙に包まれたそれを巾着に仕舞い、そして嬉しそうにへらりと笑う。簪屋を後にした俺たちはそのままぶらぶらとあてもなく京の町を歩き回りながら何気なさを装って町の様子を確認し、一段落ついたところで小さな茶屋に腰を下ろした。お互いに温かいお茶を啜り始めるといまのところは、とが先に話し出す。


「特に変化はなしってとこだね」

「そうだな」

「まぁ、なにか変化あったら普段の隊務の巡察で分かるし……土方さんも監察からこの任務、さっさと外しちゃえばいいのにね」

「俺たちの普段の忙しさを分かってるからこそ外さないんだろ」

「分かってますー、ただ土方さんも甘いねって話」


は口ではそんなことを言いながらどこか嬉しそうだった。この非番のような任務を土方さんが黙認しているのは珍しいが、それほどまでに監察は忙しいということ。それは当事者である俺たちが重々承知しているのでこうして甘んじて受け止めているわけだが。


「あーあ、明日からはまた仕事だなぁ。烝さんは次から大御所でしょ?」

「面倒なことこの上ないがな」

「そっかぁ……今日が思いの外楽しかったから、なんか明日からが憂鬱かも」

「そんなに楽しかったか」

「ま、烝さんの予想以上には楽しかったよ。なんか逢い引きみたいでね」

「、げほっ」


いま彼女の口から何気なさそうに出た言葉に動揺して、飲んでいたお茶が気管に入り数回咳込んだ。はそんな俺にぎよっとして慌てて背中を撫でる。けほけほと小さく咳込んで喉の調子を整えてからと向き合った。見ると彼女も少なからず動揺しているようで、心なしか頬が朱い。


「ど、どうしたの烝さん」

「お前、が、変なことを……言うからだろっ」

「へ、変ってなによ!ただ、その……、っ」


視線を四方にさ迷わせて言い訳を探すその姿があまりにも可愛かったものだから、思わず彼女を引き寄せてしまう。から大した抵抗はなく、そのまま腕の中にすっぽりと収まってくれた。意図したわけではないが彼女の耳元に囁くようにして溜息交じりの呟きを落とす。


「……全く、可愛いな」

「なっ、す、烝さん?!あのっほんとに、どうしたのっ?!っていうかっ耳元で囁くのは、卑怯、なんですが……っ!」

「お前が悪い」

「はっ?!あっあの、知り合いに見られちゃまずいからっ、は、なし……!」


多少名残惜しかったが素直に手を離すと、は顔を真っ赤に染めて困惑した表情をしていた。やり過ぎたか、と思う反面その反応がまた可愛く思えて小さく笑みを漏らす。謝ってはやらない。今日は俺もなかなか楽しかったな、と思いながら立ち上がった。


「戻るか」

「あ、う……うん。そだね、そろそろ帰らなきゃ……」


紅い顔のままぎこちない返事をして同じように立ち上がる彼女を見つつ、今頃屯所にいるであろう上司を思い浮かべる。こればっかりは彼に感謝だな、と思いながら危なっかしい足取りのに歩幅を合わせて屯所への道を歩み出した。




綵花の咲く場所




100813(甘いのを目指してみました、難しいけど恥ずかしいけど楽しいです。笑 山崎さんはなかなか手が出せないので周りがお膳立てしないとだめですね。ちなみにお金の出所は源さんあたりで!)