![]() 気を抜いていなかったと言えば嘘になる。けれど完全に気を抜いていたわけではなかった、というのは言い訳でしかないのだろう。ついでに言わせてもらえるならば、今まで屯所を離れて任務を遂行していたのでここ数日はろくに寝ておらず、疲労が限界に近かった。ふらふらになりながら報告を終え、屯所に戻ってきたという安心感とこれで休息を手に入れられるという安堵感が身辺の注意を怠っていたのは言うまでもない。 まさかこんな状況になるなんて思いもしなかった、といえば監察としての自覚が足りん、と副長に怒鳴られるだろうか。そんな後ろ向きなことを思ってしまうのは、もうこの状況を覆せないと分かってしまったからだろう。首筋にあてられている冷たい感触には自分でも驚くくらい微塵も動揺なんてしなかった。慣れてしまっているわけではない、ただ常日頃からこのようなことを覚悟しているからだと思う。 「質問に答えろ。無駄や嘘を言ったら即座に殺す」 ぐ、と首筋の金属がさっきよりも強く押し付けられる。血は流れていないようで痛みも感じず、力加減の上手さに敵ながら感嘆した。俺に気配を悟られずに近づいてきたのでただ者ではないことは承知済みである。 けれど脅迫されようどもなにかを白状する気なんてさらさらない。自分のことは勿論、新選組のことに関しては尚更だ。幸いにもここは屯所内なので誰かが気付いてくれるかもしれない、そんな淡い期待をしながら相手の様子を探る。 おそらく男。身長は俺と同じくらい、あるいは俺より少し低いか。先程ちらりと見えた手首は細く、しかしそれは栄養不足などではなく元々の体質だと思われた。声は高めだか違和感を感じないほどで、けれどその声にどこか引っ掛かる。声の高さにではなく、声、そのものに。どこかで聞いたことのあるような、しかしないような。そう頭の中で考えを張り巡らしていると再び彼の声が聞こえた。 「、という人物はどこにいる」 「……そのような者はここにはいないが」 嘘だ。けれど首筋に金属が添えられている以上、こうやってかわすほかはなかった。殺されるかも、と思う。身体能力や技術は相手のほうが自分よりも上だと自覚していた。仕掛けられたら、かわすことはできない。 彼の狙いは。男装して新選組に監察として身を置いているが、実は女性である。その実態を知る者は多くない。いろいろ訳ありな身だということは理解しているが、こんな男に狙われているなんて一体お前なにをしたんだ。同僚でありながら友人でもある彼、いや彼女にこんな状況ながら呆れる。 更に追及してくるのかと思いきや黙りこくってしまった相手の様子を探る。俺の答えが予想外だった、というわけではないはずだ。ならば彼はなにを考えているのか。彼の様子をより伺うために、悟られないように気付かれないように、慎重に首を小さく動かした、そのとき。 「やっぱりあんたかっ!」 「っ、馬鹿……!」 後ろ側の廊下からぱたぱたという軽やかな足音とともに威嚇するような声が聞こえた。その声の人物はまさしく先程話題にあがっていたのもので、なんという間の悪さだ、と心の中で悪態を漏らした。そしてふと気付く。 いま俺の首筋に金属を押さえつけている人物の声。先程聞いたことがあるようなないようなと思っていた、高すぎない声、それはのものとそっくりだった。いくつかの可能性がその瞬間に脳裏をかすめる。現実的なものを取捨選択する前に、は慌てて俺たちのところまで飛ぶようにやってきた。そして俺の首筋に押し付けられている金属を跳ね退けるようにどかし、そして相手をキッと睨みつけるように見た。 「なにしてんだ、咲矩!」 咲矩、ということは。先程思い浮かべたいくつかの可能性のうちのひとつが現実となったようだ。そしてこれがあの咲矩かと、今まで俺に金属を押し付けていた人物を振り返る。新選組と敵対関係にあるわけではないので敵意を剥き出しにはしないが、それでも気を許せない相手だ。 「……この人に手をかけようとしたなら、いくら咲矩でもほっとくわけにはいかないからな」 は俺と同じく実の兄である咲矩を警戒しているようで、まるで俺を庇うかのように前に出てきた。女に庇われるなんて男である俺の立場がないじゃないか、と思うがこんな状況なので口にはできない。 咲矩は実の妹からのそのような行動に苦笑を漏らしながら両手を小さく上げて、降参の意を示した。 「すまん、ちょっとからかいすぎた。新選組及びこいつに敵意あっての行動じゃないよ。……久しぶりだな、」 「…………まったく、兄さんは。馬鹿なことしないでくれよ、頼むから」 刀の柄の部分に添えていた手を離しながら、呆れたようには呟いた。しかし俺は咲矩に対してやけにあっさりと食い下がったに怪訝な瞳を向ける。血が繋がっている兄妹といえど、新撰組ではそんなことは関係ない。はそんな俺を見通してのことか申し訳なさそうに苦笑を向けてきた。 「驚かせてごめんな、山崎さん。でも、兄さん……咲矩は、悪い奴じゃないから」 「しかし、それは」 「分かってる、俺が判断することじゃない。でも……俺たちの敵では、ないよ」 はなにか根拠があるのか、強くそう言いきった。そんないつにもまして頑ななの様子に眉根を寄せると、の言葉に同意するように咲矩がうんうんと頷く。 「“家”はともかく……俺はどっちかっていうと味方だと思うぜ。個人的にお前の副長とも面識あるしな」 「……、いつの間に?!」 「大事な妹が世話になってるんだしな。挨拶しないわけにはいかないだろう?」 「いや、だからいつの間に?!」 「お前が来てすぐのあたりだよ」 「ふっ、くちょう?!」 と同様、急に現れた声に慌てて振り向くとそこにはいつからいたのか気だるそうに柱に凭れかかっている副長がいた。やれやれ、といった様子で髪を払いながら背中を起こすとすたすたと咲矩めがけて歩いていく。その表情は疑いなどは微塵もなく、どちらかというと微笑さえ浮かべているようだった。そして副長は咲矩の前まで来ると、久しぶりだな、と歩みを止めてから声をかける。 「いやぁお久しぶり!いつもが世話になってるなぁ」 「そう思ってるなら態度で示せよ……まったく、お前は毎回毎回頭痛の種を増やしやがって」 「んなこと言うなよぉ。今回もさ、ホラ、ちゃんと土産あるけど?」 「……有り難く頂戴する。が、本題は?」 「ははは、相変わらずお堅いねぇ。じゃあ早速本題。……新選組副長の土方サン、家と取引しないかい?」 「取引だと?」 「あぁ、勿論そっちに損があるような話じゃあない。言っておくが“家当主”としての話だぞ」 「……面白いじゃねぇか。話ぐらいは聞いてやろう」 「どうも。なかなか良い話だと思うんだけどな?」 「それは話を聞いてからだ。……おい、山崎、。外でなにかあったらお前らでなんとかしとけ」 「え、あ、はい」 「ちょ、え?ふくちょ、なにっ、いつのまに兄さんと面識……ま、まてーっ!ちょ、山崎さんっ!」 今にも駆けだしそうなを取り押さえながらさっさと奥の客間に向かう副長と咲矩を呆然と見送った。あれが結葵咲矩か、と疑問ばかりが頭に残る。まったくもって不思議なひとだ。 「……個性的な、ひとだな」 「素直に変なひとだって言えよ。あまり言いたくはないが、あれが家当主の……俺の兄だ」 それでも認めてはいるんだな、と感じる。もういいだろうと思ってを取り押さえていた手を離すと、彼女は少し名残惜しそうに土方さんと咲矩が向かった廊下を眺めてから、真逆の方向へとつま先を向けた。その表情をちらりと隠れて窺うと、悔しそうな嬉しそうななんとも複雑な表情をしていたものだから、つい堪え切れずに笑みを漏らす。すると爪先を思いっきり踏まれた。地味に痛い。 もっともいとおしいのは、 きみと、その日常だった
101024(これは山崎夢なのか?よく分からないですがとりあえず山崎夢に分類しておこうか。実は途中まで書いて放置だった作品です。笑 なんとなく掘り出してみて書いてみようとおもったらこんな出来に。咲矩でしゃばりすぎ。そして謎。副長も謎です。あれれ。ページのレイアウトは気に入ってます!満足!) |