「……痩せたな」

「……斎藤くんこそ。ひとのこと、言えないくせに」


喜びも哀しみもせつなさも、すべてを滲ませた笑みをお互いに浮かべた。もっと歓喜できるはずの再会なのにやけに寂しく感じるのは、私と斎藤くん以外には誰もここにいないからか。本来ならば局長や土方さん、原田さんや山崎さんもいるはずだったのに、ここにいない。それが現実だった。

久しぶりに会う斎藤くんは私の記憶の中の彼とまったく変わっていなかった。紺色のくせっ毛も藍色の瞳も、白い肌もすらりとした長身も。強ていえば少し髪がのびたかもしれない。けれどそれだけのように思う。約1年ぶりの再会だというのに、斎藤くんは昔の彼のままだった。それを喜ぶべきなのか哀しむべきなのかは、分からなかったけれども。


「……会えてよかった」

「あぁ、俺も……江戸に来た甲斐があった」


心からの、思いだった。それはきっと斎藤くんも同じに違いない。彼ともう会うことが出来ないかもしれないと思ったことは一度や二度ではなかった。それほど、これまで過酷な日々を生きていた。実際、もう会うことのできない人のほうが再び会うことのできる人よりはるかに多い。連絡が取れないだけでどこかで生きている人もいるかもしれないが、その確率は限りなく低いだろう。だからこそ、いまこうやって斎藤くんに会えたことがとてもうれしくて、すごくせつなかった。

そっと手を伸ばして斎藤くんの手を掬う。流石にもう腰に刀を携えてはいなかったが、それでも彼と刀との歴史がそこには刻まれていた。時には人を殺す残酷な手だが、だからこそ斎藤くんの手はこんなにもやさしくなれると私は知っている。そんな彼の手を両手でゆるく握りしめて、祈るように額にあてた。あたたかかった。彼はいま、ここに生きている。


「……斎藤、くん」

「あぁ」

「……生きててくれて、ありがとう」

「……っ、お前、こそ……」


今ではもう、斎藤くんが過去を共有できる唯一の人だった。いままでどれだけの人を殺してきたただとか、どんなにえげつなく生きてきただとか、そんなことは関係ない。生きていてくれて、会いに来てくれて、いま、ここにいてくれて。それだけでとても、彼を尊く感じた。そんなことを思っていると、斎藤くんは急に私の手を振り払って私を抱きしめた。驚いたけれど嫌だとは思わない、それだけの信頼と絆が私たちにはあった。


「……済まなかった」

「そん、な」

「済まなかった。全て、お前に押し付けて……背負わせて、しまって」


心なしか斎藤くんの声は震えていた。そしてその理由が分からないほど私は馬鹿ではない。土方さんのことだと言わずもがなわかった。

土方さんの最後を看取ったのは私で、あの時の自分は彼の最後をただ見ていることしかできなかった。呆然と、目の前の出来事に捕われたようにただただ見つめていた。次第に冷たくなっていく土方さんにどうしてやることもできず、私は立ち尽くしたまま何がどうなっているのか分からない状態で彼の最後を見届けた。

彼の、土方さんの死を、背負うとまではいかなくても重く受け止めていることは確かだった。けれどそれを批難する権利なんて私にはないのだと、重々承知している。

「謝らない、でよ……私こそ……たくさん、謝らなくちゃ、」

「そんなこと……っ!」

「だって、約束……絶対、守るって、」


斎藤くんと会津で別れるその間際に交わした約束。心配を強く帯びた瞳で、けれどもここで別れることを決心した彼は、誰よりも新選組を拠りどころにしていた人の中のひとりであった。それにもかかわらず、会津に残ると告げた彼はつよくて、まっすぐだった。眩しいほどに。そんな斎藤くんが告げた言葉が今になっても忘れられない。皮肉なことに、それに返した自分の言葉も、一字一句。


。副長を……頼む』

『任せとけって、斎藤くん。土方さんは俺が死なせない。だから……斎藤くんも、生きて』


また、いっしょに会おうね。


あのときは信じていた。再び3人で会うことが出来ると、絶対に、お互いが死ぬことなんてありえないと。私も斎藤くんもそんなやわな人間じゃないし、土方さんはもっての外だと思っていた。だからこそそんな約束をした。不可能ではないと、難しいことではないと思っていたから。確かにそう思っていた、信じていた。はず、なのに。

一番ありえないと思っていた土方さんが死んでしまって、その約束は果たされないまま終わってしまった。いまここにいるのは私と、斎藤くんと。もうひとり、土方さんがいるはずだったのに、彼はいない。守れなかった。約束も、土方さんも。


「ひじ、かた……さん、土方、さん……っ!」


泣きそうな声で呟くように土方さんの名前を連呼する。縋るように斎藤くんの服の袖を掴み、胸に額を押し付けた。いつになっても忘れられない、彼の面影。忘れようとすればするほど、土方さんのしぐさ、かおり、怒った顔や笑った顔、好きなものや嫌いなものまで全てが鮮明に思い出される。それほど、土方さんを想っていた。

あれは今から数年前、道端で飢え死にかけていた私を拾ってくれたのが全ての始まり。あの時から土方さんは私の世界の中心だった。ひっそりと抱いていた感謝と尊敬が、恋い慕う気持ちも併せ持つようになったのは一体いつ頃だっただろうか。それが分からないほど、私は自然に彼を好きになっていた。

好きだった。愛してすらいた。だから守りたかった、土方さんも、土方さんが守りたかったものも。けれど私は何一つ守れなかった。土方さんは死んでしまったし、新選組はなくなった。それが現実で、真実だった。もうどうすることもできないというのに、それでも。


「なぁ、

「……うん」

「お前はきっと、まだ副長のことを忘れられないだろう」


斎藤くんから唐突に呟かれた言葉が胸にぐさりと突き刺さる。反論などできるはずなどない、的を射ている彼の言葉はいつだって正しいのだ。しかしだからこそ助けられたことも何度もある。肯定も否定もすることができずに「……ん、」と曖昧な返事だけをすると、斎藤くんは私を抱きしめる力を少しだけ弱めた。


「もう過去ばかりを見るのはやめないか、もう、いまを見つめてもいいんじゃないか?……だからこそ言う。……俺じゃ、だめなのか」

「……、」


咄嗟に何も返せなかった。先程の行動とは裏腹に斎藤くんの言葉は力強く、一種の暗示のように重く感じた。それほど斎藤くんは覚悟を持って告げたのだろうか。そうであるにしろないにしろ、私は何も言うことができなかった。

いつまでもこのままではいけないということは分かっている。頭の中では理解している。けれど今は過去の、土方さんの、呪縛から抜け出せずに捕われ続けることにある種の快楽さえ感じていた。永遠に心地好い波に漂うように、ふわふわと彼への想いを忘れないでいることで毎日を生きていけるような気がしていた。それが土方さんへの償いで、私の生きる糧へとなりつつあったのだ。けれど。


「……副長のことを忘れろだとか、そういうことを言いたいんじゃない。忘れなくていい、ただ……少しずつ、思い出に、」


土方さんを、思い出に。そう告げた斎藤くんが恨めしくて、同時に安心した。泣きたいくらい哀しいのにほっとしている自分がどこかにいる。本当は、待っていたのかもしれなかった。誰かにそう言われることを。


「……さよならのときが、きたのかな……」


まるで息をつくようにそう呟いた。そろそろ、潮時なのかもしれない。いつかは来ると思っていた、土方さんへの想いを手放すときがとうとう来てしまったのだろう。来てほしくなかったような、この日を待ち侘びていたような。

私が今ここで土方さんへの想いを断ち切らなくても、きっと誰も怒らないだろうし誰も悲しむことなんてないのだろう。けれど、いつまでもゆるゆるとたゆたうようにこの想いを繋げていては駄目なのだと、分かっている。それでもつらかった。長年抱いてきた想いに区切りをつけるのは苦しかった。私と土方さんを繋げていた、唯一の。

ふぇ、とらしくもない嗚咽が漏れる。斎藤くんがより強く抱きしめてくれた。それは頑張れと背中を押してくれているのだろうか、切々とした思いが伝わってくる。ぐっと斎藤くんの袖を掴む手に力を入れた。雑念を振り払うように静かに瞳を伏せる。涙がぽろぽろと落ちた。斎藤くんが傍にいる今なら出来るような気がした。言い換えれば、斎藤くんが傍にいる今しかきっと出来ない。小さく息を吸って、震える唇で必死に声を押し出した。


「土方、さん……」


だいすきでした、あいしてました。だからこそ。


「……さよう、な、ら……っ」




Good-bye,my love.




大好きでした。愛してました。守り抜きたかったし、ずっと傍にいたかった。けれどそれらはもう何一つ、叶うことはないのです。なので私はあなたへの想いを過去から思い出に変換して、胸の奥に眠らせておくことにしました。それは決して簡単なことではないと思います。しかし、私には時間があるのです。あなたや、多くの人たちにはなかった、有り余るほどの未来が。たくさんの人たちが手に入れられなかった未来のために、私はいつまでも立ち止っているわけにはいかないのです。

これから苦しいことや困難なこと、泣きたいこと、そのようなことはとてつもなくあると思います。いつしかあなたとの過去が思い出に深く潜り込んで忘れてしまうこともあるかもしれません。けれどあなたを想っていたこと、それは消えない真実なのです。

あなたを想って笑ったこと、泣いたこと、喜んだこと、苦しんだこと。それはとてつもなくにがくてあまい、そしてせつなくあたたかい、思い出になるのです。





101107(恋慕さんに捧げたものです。素敵な企画に参加させていただき、ありがとうございました!)

(ややこしいことに土方←ヒロイン←斎藤になってます…。お題から考えて失恋モノだよなぁとは思っていたのですが、そうですよね、私が一筋縄でいけるはずないですよね…!← 相変わらずひねくれた感じのお話ですがどうでしょうか。ひっそりと反応を楽しみにしています。思ったよりも長々としたお話になってしまって読者さんに申し訳ないです…。では、ここまで読んでくれてありがとうございました!)