人気のない縁側に座り、ぽかぽかと暖かい日差しをひとりで浴びていた。もしかしたらここでこうやってのんびりしていられるのも今日で最後かもしれない。そう思いながら縁側に足を引っ掛けたままペたりと背中を倒した。日光が眩しくて目を細める。今頃どうなっているのかなぁ、と視線だけを広間へと向けた。ここから離れているので直接には見えないが、大騒ぎになっているんだろうなぁと苦笑いを漏らす。

今、広間で私の素性を既に知っている土方さんや井上さんが、私の本性を知らない幹部の人たちに私の素性を明かしている。どこからどこまでを話しているのかは知らないが、そうそう早く終わる話ではないだろう。本当は私も現場にいようとしたのだが、来ない方がいいと土方さんや井上さんに止められたのだ。

みんなの反応を知りたいような、知りたくないような。さすがの私でも目の前で幹部の人たちに拒否されては前を向いたままではいられないだろう。けれどみんながどう思っているのか直接知りたいとも素直に思った。たとえ立ち直れなくても新選組から追い出されようとも、今までひとつのものを目指して駆け抜けてきた仲間たちだ。あまり長い時間ではなかったけれど、今までの毎日はとても楽しかったし、なによりも楽だった。安心して呼吸ができた。前を向いて生きることができた。笑顔を作ることなんてほとんどなかった。私にとっては極上で幸せの連続だった日々。たとえそれが今日から無くなろうとしても、今までの過去にあったことが消えることはない。

新選組にいられるか、いられないか。あと数刻もしないうちにその答えが出るというのに、今は不思議と不安や緊張はなかった。どちらを言い渡されても私は素直にそれに従うだけ。もしここを去るのなら、気分良く笑顔でここを去りたい。


「……随分と呑気だな」

「だって……今更どう足掻いたって、なんにもできないよ、斉藤くん」


声をかけてきた斉藤くんの方に首を傾ければ、珍しいことに斉藤くんは微笑を浮かべていた。いつもなら驚きを露わにするところだが今日は私も淡い笑みを浮かべる。もしかしたら斉藤くんと話すのも、今日で最後かもしれないのだ。

斉藤くんには私の素性を明かしてある。私が試衛館で居候を始めてすぐの頃に私の不注意でばれてしまったのだ。けれど斉藤くんはそれを気にすることなく前と変わらずに接してくれたし、誰かに言ったりもしていない。それどころかいろいろと気にかけてくれて、素性をみんなに隠し通すのに手を貸してくれたぐらいだ。そのときから斉藤くんのことは信頼している。


「話、もう終わったのか?」

「いや、まだだ。俺はあの場にいる必要もないし……あんたの様子見だ」

「そりゃどーも。……みんなはどうだった?」


聞きたいような、聞きたくないような、でも知らずにはいられない。斉藤くんの瞳にはどう映ったのかは分からないが、私なりに覚悟をしてそう尋ねると、斉藤くんは何も言わなかった。ただ先ほどと同じような微笑を浮かべながら、しゃがみ込んで私の頭をくしゃりと撫でる。大きくてしっかりしてる斉藤くんの手は好きだった。時には人を殺すための手になるけれど、それさえも好きだった。安心できるやわらかな暖かさをもっている斉藤くんの手に撫でられると、無性に安堵する。


「あんたは、強いな」

「……人生波乱万丈だったから、そう見えるだけだ」

「そうか」


斉藤くんは相変わらずな珍しい笑みを浮かべながらそれだけ言うと、立ち上がって廊下の奥へと消えていった。状況と方角からして広間に向かったのだろう。広間のことは気になるけれど、当事者である私にできることはなにもない。強いて言うなら、こうやって待っていること。土方さんや井上さんならきっと私よりも上手に、そして客観的に正しくみんなに言える。それだけ2人のことも信じてる。

もし新撰組を追い出されたら、どこに行こうか。実家には勘当されたばかりだし、そもそもあんな家に帰るのならどこかで切腹した方がマシだ。ここ数年はこんな身なりをして素性を隠してきたものだから頼れる人も帰る家もない。適当に放浪の旅でもしようか、なんて相変わらず寝転がりながら考える。お世話になった人たちにはなにかお礼をしたいし、それならしばらくは京に留まってお金を稼いでいてもいいかもしれない。けれど新選組のみんなと顔を合わすようなことは避けたいよなぁ、と気づけば追い出されるときばかりを想定していることに苦笑した。

追い出されることが哀しくないわけじゃない、けれども出ていけと言われたらあっさりと去ることができる。みんなのお荷物になるくらいなら、自分がここからいなくなったほうがいい。そんな自分に呆れつつ、無意識に覚悟を決めていたんだと思い知った。




「……山崎さん」


急に名前を呼ばれて意識を周囲に向ければ、すぐそばに山崎さんの姿があった。

山崎さんも私の素性を知っていた。山崎さんは私の同僚でありながら、相棒でもある。監察という職務上、山崎さんと2人で行動することが多く、一緒に行動しているうちに感づかれてしまったのだ。山崎さんが私の素性に薄々感付いていることがなんとなく分かった私は、土方さんに事情を説明して山崎さんに素性を明かした。山崎さんになら明かしても大丈夫だろうという土方さんや斉藤くんの太鼓判もあったし、聡い山崎さんと多くの活動を共にする以上いつかばれてしまうことは明白だった。素性を明かしてからも山崎さんは斉藤くんと同じく今までどおりに接してくれたし、他言もしていないようだった。もっとも、無茶をするなとかちょっとは休めとかの理由に素性のことを引き出されることはあったけれど、それも私に不快感を与えさせない程度である。そうやって女扱いされるのはあんまり好きじゃないけれど、ときどき思い出すように女だと認識されていると感じるのは嬉しかった。

山崎さんは寝転がっている私に呆れているのか驚いているのか、よく分からなかったけれど腕を引っ張られて起こされる。私は縁側に引っ掛けていた足を持ち上げて、ぺたんと廊下に座りこんだ。山崎さんが来たのは、土方さんが山崎さんを私に遣わせたから。なぜ遣わせたのかというと、広間での話が終わったから。聞きたいけど、聞きたくない。真逆の感情が心の中で渦巻いて鼓動が速くなり、少し息が上がるのが分かった。気分が悪い。答えを聞くことに緊張しているのかもしれない。そんな私に気づいたのか、山崎さんは労わるように背中を撫でてくれた。


「大丈夫か?」

「……今だけだ。……山崎さん、言って。土方さんに、なにを、言われた?」


身体が震えるのが分かった。それを感じて自嘲気味に笑みを浮かべる。覚悟はしていた。けれど答えを知るときの、直前の恐怖はどうしても拭いきれなかったようだ。怖い。山崎さんの返事を聞くのが恐ろしかった。先ほどまで楽観視していた物事なのに、急に不安が押し寄せてくる。

出ていけって、言われたらどうしよう。行くあてなんてない。それ以前に、もっとみんなと生きていきたい。みんなと一緒に刀を振るって、侍としての自分がいらなくなるまで、たとえ命の灯が消えようと分かっていても駆け抜けていきたい。

無意識にそばにあった山崎さんの袖の裾を掴んだ。口を引き結ぶと視界が滲む。山崎さんにかっこわるいところは見せたくないけれど、今はそんなこと言ってられるほど余裕があるわけじゃない。背中を撫ぜてくれていた山崎さんの手が、止まった。


「……副長からの伝言だ。……新選組には、お前が必要だと……伝えてくれと、」


山崎さんの言葉を最後まで聞く前に、ぽたぽたと瞳から溢れた雫が山崎さんの着物に零れた。一気に心が落ち着いていくのが分かる。安心した。けれどそれ以上に嬉しかった。土方さんはまだ私が必要だと、ここにいてもいいと言ってくれている。


「……っ、ご、ごめ……」


こめん、と最後まで言えないうちに喉を詰まらせる。それでも揺れる肩を隠すことはできないが、泣き顔は絶対に見られたくない。目を擦ると後々面倒なので涙を拭わずに顔を俯かせていると、背中を撫ぜてくれていた山崎さんの手によって身体が引き寄せられた。山崎さんの肩のあたりに私の額を押し付けられる。山崎さんの顔は見えないけれど、きっと山崎さんも私の顔は見えていないだろう。山崎さんの急な行動に驚きながらそのことに安堵しつつ、ありがたく肩を貸してもらった。腰にまわされた手は力強くて、後頭部に添えられた手は優しかった。山崎さんの手も時に誰かを殺すためのものになるけれど、だからこそ山崎さんの手はこんなに優しくも強くもなれる。


「山崎、さん……」

「なんだ」

「……ありが、と……な、」


まだ震える声でお礼を述べると、腰にまわされている山崎さんの手の力が強くなったように感じた。そして私の首元にこてんと顔をうずめられる。少しこそばゆい気がしたけれど、嫌ではなかった。こんなに安心して泣けるのも山崎さんだからだろうか、と思いながら山崎さんの着物の裾から手を離してそのまま背中にまわした。




告白の日




100402(斉藤でしゃばってますが山崎夢!幹部のみんなに本性を知ってもらうときのはなし。書いてて泣きそうになった自分に苦笑。時間軸は芹沢が静粛されて、壬生浪士組から新選組に名前が変わってすぐのあたりです)