「、島原で…花魁として、ある人物から証言を奪い取ってきてもらいたい」 「…御意。分かりました」 彼女だけが知らない、 素性がどうであれ、さんは立派な武士だった。自分と同じく監察という役職だったので浅黄色の羽織を着ている姿を見たことはなかったが、彼女は新撰組の一員だとみんなに認められていた。さんの素性を俺に教えてくれた新撰組の幹部の人達も、さんを女性としてではなく武士として見ている。それは確かめるまでもないことだった。 だからこそ、さんに島原での任務を言い付けた副長に驚いたし、同時に苦々しく思った。一体副長はどんな心境でさんにそのことを命じたのか、俺に分かりえることではなかったが、苦渋の決断であったことは考えなくても分かる。新撰組にとって有利な情報を掴むために、副長はさんが武士であることを切り捨てた。そのことが重く胸にのしかかる。 「……さん」 「山崎。……もしかしなくても、俺の次の任務、聞いた?」 俺の隣であるさんの部屋を訪れると、さんは先の任務でどこかに引っ掛けたのか黒装束を繕っていた。さんの手元を見ると、やはり自分のと比べて縫い目が綺麗である。これでも手先は器用だと思っていたのだが、女性には敵わないということか、と男女の差をここでも痛感した。 「副長から聞いた。……本気か?」 「本気もなにも、任務だしな。それにまあ……いつかこんな日が来るだろうと思ってたから」 そう言うと、さんは歯で糸を噛み切った。障子にもたれ掛かりながらそんな稀世さんを見つつ、俺は悔しい、と短く告げるとさんはきょとんと驚いたような顔をしてから喉の奥でくくっと小さく笑った。 「珍しいな、副長主義な山崎がそんなこと言うなんて」 「ちょっと不服なだけだ」 「まぁまぁ、そう言うなよ。……一番辛いのは、俺にこの任務を言い付けた副長なんだからな。恨まんといてやってくれ」 「……分かってる。仕方ないということも、これしかないということも」 今現在、副長が目をつけている人物というのが島原には行くが組織の酒の席や宴には全く出席しないという、少々厄介な奴であると判明したから、実は女性であるさんに任務が下ったのだ。島原の人間を使うという手もあったが、それだと情報が漏洩する恐れがある。そういうわけで、新撰組の人間で、かつ信頼があって機密情報を知られても構わなほど幹部に近い、そして島原に紛れ込んでも違和感のない人物。当たり前だが、そんなに複雑な条件を打破できるのはさんしかいなかった。 でも。 さんは、副長にその任務を命じられても顔色一つ変えず、次の瞬間には肯定の返事をしたらしい。「御意」、たったそれだけなのに、どれほどの人が心の奥で傷付いただろうか。今、俺の目前でいつもと変わらぬ様子で裁縫道具を片付けている人も含めて。 「……今夜のその任務、俺と斎藤さんが付き添う」 「斎藤も?俺、山崎だけで十分って言ったのに」 「……心配していた副長を見兼ねて、斎藤さんが名乗りを上げたようだ」 「えー……まぁ斎藤ならいいか……沖田や永倉に着いて来られるよりかはマシだし」 「…………その基準もどうだと思うが」 そう告げると、さんに「ちょっと山崎あっち向いてて」と言われて意味も分からずにその通り素直に反対側を向く。そのあと布と布が擦れるような音がして、パサリとおそらくさんの羽織が落ちる音がした。さんが着物を脱いでるのだと理解する。その事実を裏付けるような音が絶え間無く聞こえて、急に体温が上っているのが分かった。振り向こうにも振り向けず、俺の後ろで躊躇なく着替えを始めたさんに俺の性別を分かっているのかと怒鳴りたい。 「……男の前でそうやすやすと着替えるもんじゃないだろう」 「後ろだからいいんだよ」 「そういう問題じゃない、もし相手が変な気でも起こしたらどうする」 「なに、山崎、俺に対して変な気でも起こすわけ?」 「そんなことあるわけないだろう」 さんの返事を一刀両断すると、つまらないなぁというからかい気味の声が聞こえる。即答してしまったが、もしあったらどうしようかと無意味な不安が一瞬過ぎった。 その後もきぬ擦れの音が続き、さんの「もういいよ」という返事が聞こえたのはどれくらい時間が経った後だったか。とりあえず意味もなく詰まらせていた息を吐きだしてから振り返った。なんで俺がこんな思いをしなくてはいけないんだろうか。そう思いながら振り返った先には黒装束に身を包んださんがいた。 「島原行ってくる。夕方までには戻るからさ」 さんはうなじの後ろで髪を結いながらそう言うと薄く微笑んだ。その笑みを見て、あ、と思う。 そうか、さん、は。 「さん、」 「ん?」 気付けば今にも俺の前から姿を消そうとしているさんを呼び止めていた。きょとんとした表情で返事をしたさんからはもう分からないが、先程の笑みからかすかに感じた想い。事実を受け入れて、ついにこの日が来たんだと認めて、――けれど想いもしない男に花魁として付き合わなくてはいけない、覚悟と諦めと哀しさ。 この任務、断ってもいいんだ。そう言っても無駄だと分かりきっているからそれを口に出すことはできなかった。では、何をどう言えばいいのか。なにかを言いたいのに言葉が見つからない。さんにかけるべき言葉が、分からなかった。 なにも言えなくて口を閉ざしていると、さんは俺の言いたいことが分かったのか苦笑いしながら「いいよ、山崎」と言った。その声色からも感じることが出来ない想いを、さんは一体どこに押し込めているんだろう。 「俺が決めたことなんだから。いいんだよ、山崎はなにも心配しなくて」 「心配……するに、決まってるだろう!」 俺がそう突っ掛かるようにして言うと、さんは半ば激昂している俺に驚いたようで小さく後ずさった。心配するなとか、なに抜かしたことを言っているんだこの人は。するに決まってる、しないほうがおかしい。 幹部の人達だって、同僚に酒の席なんかでなんらかの不満や愚痴を零したり相談をしたりする。なのにさんのそのような行為を見かけたことは一度もない。誰にも言わずにいつも溜め込んで、隠れて泣いていることを知っている。今回のことも、きっと隠れて泣くのだろう。 「俺じゃなくていいから……誰かを、頼れ」 せめて、今回泣くときは、誰かの傍で。そう思いながら告げると、さんは曖昧な笑みを残して俺の前から姿を消した。一体さんはどれだけ俺たちを心配させれば気が済むんだろう。彼女がほんの少しでも誰かを頼ったならば、たくさんの人が安堵するというのに。それを知らないのはさんだけだ。 「……さん……」 今はもう見えない同僚の名前を呼ぶ。気付いてくれ、あんたは弱くはないが、自分で思っているほど強くもないんだ。 100320(山崎視点で夢主が花魁の任務を受けた時の話。名前変換が非常に多い!権力は2人とも対等ぐらいだと…) |