「はっ?!なん、えぇ?!ちょ、副長、もっかい」 「……だから、綱道さんの娘を拾ったって」 「ちょ、まってください副長、拾ったってそんな子猫じゃあるまい」 「……保護した」 「うそつけ、そんな生易しいもんじゃないでしょ……」 「まぁそこはほっとけ。とりあえず随時監視をつけて、俺の小姓にしてある」 「うわ、副長の小姓……奴隷同然じゃん……かわいそう。って、ちょ、副長」 「あぁ?」 「その子……綱道さんの娘さん、屯所にいるんですか」 「そうだ」 「女の子なのに?その子いくつですか?」 「……今年で17、とか言ってたっけな?平助と同じくらいか。あ、ということはお前とも近いな」 「うわーなにやってんですか……そんな年頃の女の子、屯所に置いといたら駄目じゃないですか」 「仕方ねぇんだよ。見られちまったからな、屯所から出すわけにはいかない」 「……見られたって、羅刹……を、ですよねぇ。それしかないですよねぇ」 「そういうわけだ。……身辺世話役、お前に押し付けるからな」 「そんなの断れませんって……俺がやらなかったら誰に押し付けるつもりなんですか」 「……返事は」 「分かってますよ、……了解。娘さんの身辺世話役、承りました」 「頼んだ。任務がないときは気にかけてやってくれ」 「えぇ、俺も任されたからにはしっかり面倒見ますって。で、俺の素性は言わないほうがいいですか?」 「……実はな。あっちには既にお前のことを話してある」 「は?……身辺世話役のこと?それとも素性のこと?」 「……どっちもだ。不審に思われても後々面倒だしな」 「……なんですかそれ。まぁ断りませんけど、ちょっと勝手すぎやしませんか」 「しゃぁねぇだろ。いろいろ面倒になったら困るだろうしな」 「それはそうですけど……まぁいいや。……彼女の部屋は」 「そこの廊下の突き当たりを右に曲がったところにある。前まで客間だったところだ」 「あー、あの半分物置になってた……分かりました、今から行ってきます。今の見張りは?」 立ち上がりながら副長にそう尋ねると、一呼吸置いてから「斎藤だ」という短い返事が聞こえた。それに適当に言葉を返して障子へと足を進めながら、あ、と途中で振り返って副長を見下ろす。うわ、新鮮。 「聞き忘れてましたけど、娘さんの名前は?」 「……雪村千鶴。千の鶴だ」 千鶴さん、と小さく繰り返してからありがとうございますと副長の部屋を辞した。そして副長に言われた廊下をまっすぐと進む。 千の鶴。漢字を思い浮かべると、それは千羽鶴を連想させた。折り紙で千羽の鶴を折り、それを糸などでつなげたもの。願いや祈りの象徴。一体彼女の親はなにを思ってその名をつけたのだろうか、と自分勝手でしかない考察を繰り返しながら突き当たりを右に曲がった。前まで客間だった部屋は曲がるとすぐの場所にあり、部屋の前には斎藤くんの姿がある。斎藤くんは私が来るのを予想していたみたいで私が姿を見せると部屋の前から立ち上がった。いつもと変わらない、冷めた視線にはもう慣れた。それが彼の普通なのだから。 「雪村さんの身辺世話役、頼まれた」 「……そうか。俺も気にかけるように副長から言われているが、お前がいたほうが助かる」 「それはどうも。……いい?」 目の前の部屋に視線を向けながら訪ねてみると、本人に聞いてみろ、と全うな返事が返ってきた。それもそうだなと思いながら身体を障子へと向け、少し離れていてほしいと斎藤くんに視線で訴える。斎藤くんは私の視線の意味を解したのか、部屋から数歩離れた位置へと移動してくれた。小さく息を吸って呼吸を整える。一度深く吐いてから、顔を上げた。 「雪村さん、ちょっといいか?」 「はい?あ、えぇ、どうぞ」 相手が誰かも確かめないうちに入室を許すのは感心しないな、と思いながら障子に手をかける。力を入れて障子をさっと動かすと、目に入るのは一面の畳と部屋の隅に座っている少女だった。男の恰好をしているので男と認識しやすいが、よくよく見れば顔のつくりは女の子にしか見えない。私は中性的な面立ちをしていると自覚しているのでちょっと羨ましいような気もしてきた。 後ろ手に障子を閉めてから私も部屋の隅へと移動すると、雪村さんは急に現れた私に驚いているようでとっくりとまるで観察されるように見られた。そしてなにかにはっとしてから慌てた様子で立ち上がる。背は私よりいくらか低い程度で、今まで自分が他人を見上げてばかりだったので見上げられるのはなんだか新鮮だった。 「初めまして、俺は。主に監察をやっている」 「あっ……あの、……土方さんからお聞きしています」 「らしいな。……ま、そういうわけだ。いろいろあって俺が雪村さんの身辺世話役を頼まれたから、よろしくな」 「雪村千鶴です……お世話になります」 礼儀正しくぺこりと頭を下げられて少し驚く。毎日新選組の野蛮な奴等とつるんでいるからか、こんなに礼儀正しくてしっかりしている子と対面したのは久しぶりだ。とりあえず雪村さんに座るように促して私も畳に腰を下ろすと、早速とばかりに本題を切り出す。 「身辺世話役っていっても、俺も監察という職務上いつも屯所にいるわけじゃない。それに俺は世話役であって監視役ではないから、その分いろいろ気軽に言ってくれて構わないからな。監視してる人に言い辛いこととか、言ってくれたらそれなりに対処する。あとは、風呂とか着替えとかのいろいろ……かな。俺が屯所にいるときは気にかけるけど、俺がいないときは自分の身はしっかり自分で護れよ」 「はい、分かってます」 「……本当に分かってる?俺が言いたいのはここが男所帯ってことを忘れるな、ってことなんだけど」 「……わ、分かって、ます」 「なら、いいけど。俺も空いてるときはなるべく様子見に来るからさ、それなりに適当にやっていけよな」 「それなりに、適当に……」 「そそ。どうせ平隊士と接する機会とかはあまり無いと思うから、あんまり男らしくしようって気負わなくていいよ。まわりは男ばっかなんだから、助けを求めれば誰かはすっとんできてくれるだろうし」 「はぁ……」 「あ、俺がいないときに困ったら……まぁ、誰でもいいけど、斎藤くんあたりにでも相談してみて?斎藤くんならなんとかできるだろうし、できなくても副長に上手く繋ぎをとってくれるから。たぶん斎藤くんも気にかけてくれるとは思うけど」 「は、はい……」 雪村さんのあやふやな返事が聞こえるが、それも仕方ないかと聞き流した。副長から聞いた話によると、彼女はまだ屯所に来てから一週間も経っていないらしい。男ばかりでしかも此処は新撰組だ、彼女が警戒心を抱くのは無理もなかった。まぁみんないい人だからそのうち打ち解けあってくれるだろうけど、と思いながら一息つく。話すべきことは話した、あとは雪村さん次第だ。 「……あ、あの、」 「ん?なんだ?」 「さんが……女性なのにここにいる理由を、聞いても、いいですか……?」 控えめに、そして私が断っても構わない、けれど確信をついた質問に小さく苦笑を洩らす。雪村さんはそれからなにかを感じ取ったのかびくりと小さく震えてから、慌てたように「や、やっぱりいいです」と言葉を取り消した。しかし私はそれを制して、口を開く。どうせいつかは言わなくてはいけないことだ、勝手にいろいろ考えられても困る。 「江戸にいたころ、局長の道場でお世話になってたんだ。そしてそのまま京についてきたってわけ。そのころには既に男の恰好をしていたんだけど……副長と井上さんと、あとは斎藤くんかな、それだけしか俺の素性を知らなかった」 「他の、みなさんは……」 「みんなに言ったのは京に来て、幹部が今の顔ぶれになってから。感づいていた人はいたみたいだけど、まぁ隠し通せてたかな」 「……確かに、男だと言われても違和感ないです」 「誉め言葉だと受け取っておくよ。これでも一応努力はしてるし、そうじゃなきゃ新撰組でやってけないしな」 「……すみません」 「いや、いいよ。いろいろ苦労があるとおもうから……あんまり大声じゃ言えないけど、女の子同士、頑張ろうね」 最後の言葉だけ声色を戻すと、雪村さんはその違いに驚いたようでぱちくりと数秒まばたきを繰り返した。そんな雪村さんに苦笑しながら、我ながらすごい違いようだと自嘲気味に思う。 雪村さんもいろいろ大変な生活になると思うが、幹部のみんなが彼女の素性を既に知っているので私のときよりかは楽になるだろう。その辺のことをあとで幹部のみんなにも重々言い含めておかなくては、と思いながら立ち上がる。雪村さんは障子へと向かった私を視線で追いかけてきたが、引きとめはしなかった。なのでそのまま障子に手をかける。 「じゃあ……雪村さん、またあとでな」 「は、はい……」 先ほどの声色との違いに呆然としている雪村さんを視界の隅にとらえながら彼女の部屋を後にした。斎藤くんの姿は先ほどと寸分狂わぬところにあり、もう終わったよ、と小さく告げると何も言わずに静かに元の位置に戻る。そして私とすれ違うときに、ちらりと視線を投げかけてきた。心配の色を帯びているそれに大丈夫だよ、という思いを込めて笑みを返す。 「……お前も大変だな」 「まぁね。ところで彼女に対しての左之さんや平助くんの反応はどう?」 「さぁな……自分の目で確かめろ」 「あぁ、うん、そうだね。そうするわ」 それだけ会話を交わしてからその場を後にした。斎藤くんの白い襟巻がちらちらと視界に入り、なんとなく名残惜しさをにおわせる。そんなことを思いながら自分の部屋へと続く廊下へと向かった。風のせいで袖がぱたぱたとはためく。 (まず部屋に戻ったら昨日の書類の続きやって、左之さんや平助くんの様子も見て……あ、山崎さんの様子ものぞいとかなくちゃ。……あれ、山崎さんっていま屯所にいるっけ?いや、任務中だった気が……。……まぁいいや。とりあえずそのあとは……あ、井上さんのところに和みにいきたい。いや、それより前に仕事仕事。次の任務の予定を確認して、あと屯所内の隊士の様子も見て回って……) やらなくてはいけないことを頭の中で思い浮かべながら廊下を進んだ。思ったよりもたくさんあるな、と呆れたように思いながらどこからか入り込んでくる風に足元の袴をからげさせる。冷たくてやわらかな風が屯所内をかき混ぜていた。 うつせみの春 100420(千鶴ちゃんと出逢う話。たしか春、だったよな?…ちがったらどうしよ。笑) |