出来るだけ素早く確実に。相手にとっても自分にとってもそれが最善であり、逆に最悪でもある。闇の中を突き進んできた者だけが知っている恐怖と安楽。私はもう既にその道を選んでいた。




ひとり、またひとりと私の手で命の灯を消してゆく。傍目から見ればただの暗殺集団。けれど私はこの行為に狂喜を感じ自ら取り組んでいるのではなく、任務であるがために誰かを殺している。それは自信を持って言えることではないけれど、私のたったひとつの逃げ道だった。言い訳に縋って、人を殺すことに溺れないように、のめりこまないように。

道を踏み外したらそのあとは殺人の快感に沈みゆくだけだ。そのときは一回しかない、けれどその一回を迎えてはいけない。私たちはいつもあやふやで危ぶまれる天秤の上で生きている。

刀のぶつかりあう音なんて聞こえない、音もない静寂の世界が満ちていた。暗殺に戦闘は不必要。音もなく静かに標的の灯をかき消す、ただそれだけだ。

あまり大きくない屋敷の中を歩き回り、生存者がいないかを確認してから音をたてないようにその屋敷を出る。狭い裏路地に出て屋敷から離れ、闇夜に呑まれるように佇んでいる屋敷をそっと振り返った。数刻前まではたくさんの人がいたが、もう生きている人は誰もいない。私がその人たちを、しいては屋敷そのものを殺した。だれにも気づかれずにそっと終わり逝く屋敷は、もうそこに存在意義などない。そこに在るだけのものになったこの屋敷は、これからどうなっていくのか。けれどそんなことは私の知ったことではない。


「……任務、完了」


そう小さく呟いてから静かに踵をかえし、闇に紛れながら帰路をたどった。屯所までの道のりは長いが裏道を使えば普通の3倍の速さで着く。誰かに教えてもらったり自分で見つけたりした裏道を手さぐりで進みながら、屯所へと急いだ。ただ屯所に戻ることのみを考える。その他のことを考えてはいけない、第一そんな余裕はない。屯所に戻って報告を済ますまで任務は終わらない。そう、まだ任務は続いているんだ。自分の感情を気にしていたらそれはもう任務ではない、だから私は何も考えずに屯所へと急ぐのだ。




溺れる場所




副長への報告を終えて部屋に戻ると、そのまままっすぐ元々敷いておいた布団にへたりと座り込んだ。そのまま顔を俯かせる。屯所に戻ってきた。新選組に戻ってきて、私はいま布団に座っている。大丈夫、私は正気だ。道を踏み外してなんかいない。暗殺を終えても新選組に戻ってくることができた。大丈夫。

そうやって呪文のように思っていると障子の開けられる音がして、ひく、と喉をならす。今の自分にはよほど余裕がないのか、廊下に誰かがいることにさえ気づかなかった。なんとなくの気配で隣室の山崎さんだと分かる。いつもなら入室の許可を必ず聞いてくる彼だが、今ばかりはそれはなかった。障子の閉まる音とともに畳の擦れる音がして、震える喉を詰まらせる。じわりと視界が滲んだ。


……なんで、引き受けた」


山崎さんの静かな声が部屋に響く。その声は怒っているようにも呆れているようにも聞こえて、けれど真意は分からなかった。喉が渇いたような、せき込むような、よく分からない感覚になる。


「……ごめん、なさい……」


口を開いて閉じて、また開いてかすかに動かしてから、やっと声を出した。ごめんなさい、と再び口にする。ごめんなさい、ごめんなさい。震える声で何度も連呼するように繰り返す。山崎さんはそんな私を黙って見ていた。

私の実家は暗殺家で、地方の裏業界ではそこそこ名の知れた家だった。運悪くそんな家に産まれてしまった私はいろいろと身につけざるを得ない環境で育ち、幼いころから精鋭な技術を身つけさせられた。それは意識して行うものではなく、むしろ反射に近いようなもので、今では骨の髄まで暗殺のいろはが染み込まれている。そんな血にまみれた自分や家に嫌気がさして家出したのが5年前、12歳のとき。それ以来暗殺に関わるようなことはしたことがなかった。事情を知っている副長も私にそのようなことを頼まなかったし、私もなるべくそのようなことは避けていた。それなのにもかかわらず、だ。

あれほど暗殺はするな、自分が引き受けるからと、同じく事情を知っている山崎さんに言われていたのに今日副長からその任務を引き受けてしまった。屋敷まるごと、約30名ほどを屋敷外に悟られることなく全滅させること。それが今回の任務。山崎さんは最近いくつもの任務を掛け持ちしていて、比喩ではなく本当に眠る暇さえないと聞いていた。そんな彼にこんな任務、任せられるわけない。

それに監察という職務上、本来ならばこのような仕事にも手をつけなくてはならないのだ。今までは山崎さんが全て受け持ってくれていたが、それは本来あってはいけない。だから引き受けた。他にも理由はいくつかあるが、山崎さんが忙しいからという理由で引き受けたわけじゃない。


「……俺が忙しかったからか」

「違う。そうじゃ、ない」

「じゃあ、なんで。……俺、言ったな。散々。暗殺だけは、するなと」


こくりと頷く。山崎さんは静かに私の正面にまわりこんで腰を下ろすと、ぺちん、と頬を小さく叩いた。痛くはなかったけれど、重かった。視界がぼやけて、ひたひたと雫が零れ落ちる。


「……ちゃんと、任務、やったもん」

「あぁ、頑張った。よくやった。でも、俺は、してほしくない」

「……俺……弱く、ないし……そっちに関しては、山崎さんより、上手い自信あるし……」

「いや、そうだろうが……あんまり自信持ってほしくないな」

「……や、山崎さん、いつも……俺には、なにも、言ってくれないから……っ!」

「……そうだが」


うぅ、と震える声を漏らす。涙腺が弱くなると、言い訳ばかりがぼろぼろと出てきた。そんな自分がかっこ悪くて、情けない。暗殺任務をして山崎さんにいろいろ言われているだけなのに、ここまで動揺している自分が嫌になる。いつから私はこんなに弱くなったんだろうか。いや、元から強くなんてなかったのかもしれないけれど。

そう思いながら小さく嗚咽を零していると、気づけば山崎さんの腕の中にいた。すん、と鼻をすする。どうして山崎さんは私が弱っているときに、気づいて、こんなに優しくしてくれるんだろう。泣いているところをあやされるのはこれで2回目だった。まだ知り合って1年も経っていないのに。


「……頼むから。もう、するなよ」

「……わかんない」

「するな」

「…………」

「おい」


山崎さんの言葉に肯定の返事をすることはどうしても出来ず、代わりに口をつぐんだまま山崎さんに体重を預ける。慌てたような山崎さんの声が聞こえて、そしてそのまま彼の胸に額を押し付けた。体制はやや不安定だが、とくん、と山崎さんの心音が聞こえてやけに安心する。赤子が母親の心音を聞くと安心して眠りやすいというのはこういうことか、とひとりでに納得しながらそっと目を閉じた。泣き疲れたこともあってか急速に意識が遠のく。今自分がどういう状況にあるかなんて考えている余裕などなかった。




100421(暗殺ネタをおもいきりどばー。冒頭部分が書いててたのしかった…)