山崎さん、呑むの、付き合ってくんない? 明日は丸一日休みを貰っていたのでこの後の任務に支障はなく、それにいつも宴会ではあまり酒類に手をつけないが自ら酒を呑まないかと誘ってきた、その理由にはすぐに思い至ったので断ることなどできるはずもなかった。やけ酒だ。それにきっとこれから荒っぽい呑み方をするであろう彼女を、此処が新選組という男所帯である以上放っておくわけにはいかなかった。ここで断って彼女を他の男と呑ませたのならば、後々後悔するのは彼女ではなく自分だろうと安易に想像がつく。 そう思い広間の近くの小部屋で彼女とふたりきりで酒を酌み交わそうとしていると、においや明かりを目敏く見つけた若い幹部の人たちもいつの間にか入り込んできて結局小さな宴会のような状況になっていた。仕舞いにはいつもとは違う様子ののことを心配したのか副長までが居座る始末である。これでは最初の決意もあまり意味がないように思えてくるが、自分には彼等を追い返す理由も権利もないのでそのまま受け入れた。 あっという間にてんやわんやで盛り上がり、そして思った通りはいつもより荒っぽい呑み方をしていた。いや、荒っぽいどころではない。自身がなかなか酒には強いのをいいことに、早い速度で度数の高い酒を次々と空けては呑み干すを繰り返していた。途中、副長や俺が何度も彼女を止めようとするが酒が入っているせいか如何せん面倒臭い。いつもからは想像もつかない酒癖の悪さである。それにと長い付き合いのある副長でさえこんな呑み方をする彼女は初めてのようで困惑の色を見せていた。 しかし面倒臭いといえどそんな荒っぽい呑み方が続けば心配しないわけにはいかない。 「……、お前いい加減によせ」 これ以上はいろんな意味で呑ませるわけにはいかないと思ったのか、ついに副長はきつい口調での手から酒の入った盃を取り上げた。先程までのように酔っ払い特有の実力行使で盃を奪い返しにくるかと思いきや、副長の威厳が効いたのかは口をへの字にひん曲げてみるみるうちに瞳に涙を溜めていく。ぎょっとしてこれはまずい、と本能的に思ったときにはもう遅かった。 「副長のばかっ!」 「はぁ?」 俺が待ったをかける間もなくは泣き喚き、それまで個々で楽しんでいた幹部の人たちが何事かとこちらを伺ってくる。馬鹿、と正面きって言われた副長は眉間に皺を寄せつつ、やはり困惑しているようだった。そしてそんなふうに男性陣がぽかんとしている間に、は更に激しく泣き喚き始める。 「俺だってどうしたらいいのかわかんないし、どうしたいのかもわかんねぇし!いいじゃん今日くらい好きに呑ませてくれたって、羽目外させてくれたって!」 「おい、お前……」 「分かれとは言わない、ただ酒に逃げることくらいいいじやんか!それさえも甘えるなってか!?」 「!」 きつくなってきた口調を制止するように名前を呼ぶが意味はあまりないようだった。自身、自分がなにを口走っているのか分かっていないようでぼろぼろに泣きながら困惑した瞳をしてしる。しかしこれは滅多に聞けないの本音で、だからこそなかなか決定的な行動に移せなかった。止めさせたいと思う反面、聞いてみたいという好奇心が疼く。 「もう頭んなかぐちゃぐちゃで、でもなにがどうなってどうしたいのかわかんねぇし、怖いし、意味わかんないし、さすがの俺でももう限界!もう無理!」 「、わかったから……もういいから、落ち着け」 「もう……やだよ……!」 原田さんがやってきて宥めるようにの頭をぐしゃぐしゃとなでると、ようやくは落ち着いたのかぐしぐしと目元を拭い始めた。原田さんが更に落ち着けるように背中を撫でる。横目で周囲をうかがうと、永倉さんはいまだにぽかんと驚いた表情でを見ていた。沖田さんと土方さんは険しい顔をしていたがそれは驚きを隠しているのかほとんど無表情に近い。この場の彼女を受け入れて落ち着いているのは自分と原田さんのみだと知ると、嗚咽が小さくなり始めているのもとへと向かった。 「、もう、いいな?」 顔は両手で覆われていたので表情は見えなかったが、は小さく、けれどもはっきりと縦に頷いた。思う存分呑んで、言いたいことは言ったはずだ。の細い、震える肩に静かに手を置くと原田さんを押しのけるようには俺に縋りついてきた。隣の原田さんが小さく笑う気配がして、不可抗力だ、と思う。 「……こちらを任せてもいいですか」 「ま、が山崎を選んだならしゃーねぇな」 「……、……後、頼みます」 少しのからかいを含んだ原田さんの声に途中まで出かかった言葉を飲み込む。そして結局それだけ告げると、もうもこんな状態だしどうにでもなれ、と半ばやけっぱちに思いながら一声かけて彼女の膝の裏を掬った。幹部の人たちの視線がやけに気になるがもうこの際気にしない。背中をもう片方の手で支えながらを横抱きにし、そのまま立ち上がった。今まで何度も彼女をおぶったり抱えたりしていたものだから男とは思えない軽さに驚くことはないものの、いつにもまして密着してくることに緊張しないわけにはいかなかった。 塞がっている手で器用に障子の開け閉めをし、小部屋を退室してそのまま彼女の部屋へと向かった。監察はいろいろと厄介な職業であり、少人数精鋭ということもあって八木邸の奥まったところにひとりひとり小さく簡素ではあるが自室を持っている。そしては性別のこともあってかなり奥まったところに部屋を用意されていた。必要以上に人が通らないそこは彼女のことを考慮して用意されたらしいのだが、自身はいかんせん広間や道場から遠すぎると前に愚痴を言っていた。実際、がそう言うだけあってなかなかの距離がある。その長い距離をこの体制で挑まなくてはいけないのか、と自分でやり始めたことながら今ごろになって羞恥の思いが駆け巡った。頑張れ俺。 「……山崎、さん」 「なんだ」 廊下を進んで間もないうちに、からこっそりと名前を呼ばれる。泣いていた名残だろうか声はまだ震えていたが、いつのまにか嗚咽は聞こえなくなっていた。廊下には少し涼しいくらいの風が吹き抜けているので少しずつ頭が醒めてきたのだろうか。酔っているのか恥じらっているのか分からないが首元に彼女の額が押し付けられて鼓動が早くなるのを感じた。焦、る。 「迷惑かけて、ごめん」 「……別に迷惑だなんて思ってない」 「うそつけ。私、酔ったら相当酒癖悪いもん」 「……気にして、ない。お前の本音のほうが大事だ」 の口調が本来のものに戻りつつあることを気にしながら、酒癖が悪いのは確かだと思った。そこを否定することはできないが、気にしていないのもまた事実。そして、そんなことよりもの本音を聞けたことのほうが貴重だということも。いつも自分のなかに溜め込み、誰にも漏らさずにいたの想い。 それを聞きたいと、吐き出させてやりたいと思わなかったわけではなかった。ただ、そうさせてあげられる勇気ときっかけがなかったのだ、なんて言えば逃げにしか聞こえないのかもしれないが。 「私……我儘で、ごめんね」 「どこがだ、お前はもっと欲を持て」 「そん……なこと、ないよ」 ごめんね、とゆっくりとした謝罪が聞こえた。泣き喚いて疲れたのか、うとうととし始めたはゆるゆると力を抜いていく。そんなことを無自覚にやってのけるに冷や汗を垂らした。これは任務でなければ誰かに命令されたことでもない、俺との個人の出来事であって、もしものときに自分がどんな行動に移るか分かったようなものではない。俺の腕の中でそんなに無防備にならないでくれ、と瞼を半分下ろしているに心の中から強く訴えた。願うならば、俺に自制するという理性が残っていることを。 「や、まざき、さん」 「……どうした」 酔いと眠気のせいかひどく舌足らずなの声に応えると、はなんの予告もなしに俺の首に両手を回した。急なことに今まで順調に進めていた歩みを止める。心臓が止まるかと思った。今まで任務でも優秀な実績を残していた俺が屯所で急死、その実態は同僚の腕で首を絡められたから。かっこわるすぎる、とどうでもいいことを意味もなく思ってしまうのは相当動揺しているからだろうか。そんな俺の心の葛藤など知らないは更にぎゅっときつく抱きついてきた。まるで縋りつくように、俺がこの場からいなくなるのを恐れるかのように。 「山崎、さん……は、消え、ないで……ね、」 静かな廊下にの言葉がゆったりと響き、やがて落ち着いた静かな寝息が聞こえてきた。きつく絡められていたの腕は途端にだらりと脱力し、ぱたりと彼女の胸の上に落ちる。 山崎さんは、消えないでね。廊下に零れたの言葉に泣きそうになった。京に来る前からずっと一緒で、付き合いは俺よりも長い藤堂さんと斎藤さんが新選組からいなくなって1週間。今まで俺たちには微塵も感じさせなかった寂しさを、ついに堪えられなくなっての今日の行動。寂しくて寂しくて、けれどそれらを俺たちに悟らせないようにするためにひたすらに押し殺して、けれど我慢ができなくなって。 腕の中で静かに寝息をたてているを優しく、けれどもしっかりと抱きしめた。、と小さく彼女の名前を呟く。それははかなく愛おしく、ゆったりと廊下に響いたように感じた。 こんな彼女を置いていくなんてできない。消えることなんて尚更、無理な話に決まってる。それは彼女が強がっているけれど脆いひとだと知ってしまったから。心配で目が離せなくてなによりもいとおしい、大切なひと。 俺はここにいる。未来の保障はないけれど、死なない限りずっとお前のそばにいる。そう心の中で告げながら、そっと彼女の額にくちづけた。 (闇に呑まれた彼女の未来に、) どうか桃源の光を 100507(酔って泣き喚くヒロインを書いてみようとした結果…。…。時期は斎藤くんや藤堂くんが新選組から抜けて1週間くらい) |