ぴっと刀を無造作に振るって血を払うと、周辺に紅い水玉が散った。真夏だからだろう、死体からは既に臭気が漂い始めている。息絶えた“人間だったもの”を見下ろすと、浅黄色の羽織りを脱がせていた人物――が死体を前に手を合わせているところだった。誰かを殺す度にその短くて簡単な儀式を行うのは新選組内ではぐらいなもので、しかしだからこそ始末をしに行く時にはなるべくを同行させるようにしていた。自分にはできないそれを、彼女にしてもらうが所以に。彼女にとっては殺した人物がたとえ謀反者であっても、仲間であっても敵であっても弔う対象になる。彼女自身がなにかを思ってそれをしているわけではないということは知っていた。ただ、ひとりの人間として、今まで生きていたものに手を合わせたいのだそうだ。それが普通であり人間としての自分たちのあるべき姿なのだから、その行動を見習うことはなかったけれど止めることもなかった。

は手を合わせ終わると、死体の処理は山崎に任せたようで俺の側へとやってきた。血に濡れた浅黄色の羽織りを2枚、受け取る。血を吸っているからかそれらはじっとりと重く、毎度の事ながら溜息をつきくなった。


「……ご苦労だったな」

「副長こそ、お疲れ様です」


なにに対しての労いかは、お互い言わなかった。なにを言っても虚しいだけであると分かっているからだろう。そうしているうちに、部下に処理の指示を出し終えた山崎が寄ってくる。いつもどおりの些か不機嫌そうな面持ちに苦笑した。の上司である彼は、俺がいつも始末をするときにを連れ立っていることに良い感情を持っているわけではないのだ。しかし副長である俺の希望だからか、直接なにかを言ってきたことはない。それでもほんのりと、不満をぶつけられたことはあるが。


「始末した2名の名が分かりました。羅刹隊の……安村と小月のようです」

「……分かった」


残念ながら俺は副長という地位にありながらも羅刹隊を含む全隊士たちの名や顔を完全に覚えているわけではない。しかし近藤さんや山崎がそれを網羅していることを知っているので、無理に覚えようとは思わなかった。それは職務を怠っているわけではなく、ただ自分がやらなくても大丈夫だと思える人材があるから。

山崎はと数回言葉を交わしてから、何気なさを装って後ろを振り返った。俺もつられるようにしてその方向に視線を移す。そこにはもう異臭を放つ無惨な残骸はなく、ただの砂利道が続いているだけだった。


「それじゃ、帰りますか」


は俺と山崎の視線の先を確認すると、まるで街へ行った帰りのように、そう呼びかけた。つい先程まで刀を振るい血を浴びて、死者を葬っていたことなんて微塵も感じさせない、屈託のないやわらかな言葉。それは彼女が自身の行いを軽んじているわけではなく、俺たちのためだということに気付いたのはいつだったか。


「行きましょ、副長」

「……あぁ」


何度そのあたたかな言葉に掬われたことか。その言葉を告げるのがどれだけ難しいことか。同じ境遇にありながらも彼女のような行動ができるのはほんの一握りにしか過ぎない。そのことを彼女は知らないし、気付いてもいないだろう。しかしそれでいい。知らなくて、気付いていなくてよかったと思う。

そんなことを考えながら、前方を歩く黒装束を纏ったふたりを見遣ると小声で報告書について言い合っているようだった。大方、屯所に戻ったら報告書をさっさとまとめてしまおうと言うに、お前は早く休むべきだと山崎が反論しているのだろう。冷然で現実直視の山崎だが、にだけは甘いといつの間にか知っていた。それは部下だからというよりも、彼女が実は体調を壊しやすいからだとか素性を偽っているからだとか、そういう理由が主だろうと思っている。あるいは、それとはまた別の感情があるかもしれないが。そんなふたりに苦笑を漏らし、やわらかく息を吐いてから口を開いた。


「詳しい報告は明日でいい、戻ったらさっさと休め」

「はははっ、副長こそ朝方まで起きてるつもりのくせになにを言うんですか」


しょうがないなといったような呆れた声色で告げれば、は俺を振り返って鮮やかな笑みを浮かべながら言ってきた。なにふざけたこと言ってやがる、この働きすぎの鬼副長は。そのような彼女の心が透けて見えるような気がした。先程までと言い合っていた山崎までもが今回は彼女に賛成なのか、彼も胡散臭そうな瞳を向けてくる。その心はきっとと似たようなものなのだろう、と口元をを歪ませた。

いささか変な自尊心と妙な頑固さを併せ持つふたりにはいつもこちらが折れてばかりだ。今回も次期にそうなることが目に見えていたので早々と溜息をついて降参の意を示す。このふたりには敵わない。


「今日はやることやったらさっさと休むつもりだ」

「副長の“やること”は予測不可能なので即却下ですね」

「屯所に戻ったらすぐに休んでください」

「……おいてめぇら、俺の意見は完全無視か」

「ふくちょーは休息に関しては信用ならないので」

「同じく」


間髪入れずに返してくるふたりに頬を引き攣らせてから口の端を引き上げた。仮にも副長という立場の俺に対するこの物言いに、絶対に口にはしてやらないが呆れると同時に嬉しく思う。そんな俺を見て、と山崎は顔を見合わせて小さく笑った。ちくしょう、見透かされているみたいだ。


「優秀な部下を持って幸せですね、ふくちょ」

「お前がそれを言うか」

「あっれ、これでも俺、新選組と副長のために日々尽力してるんですけど」

「んなのは当たり前のこったろ、自慢げに言うな」

「あーはいはいそうですね、これからも頑張りますよぉおっ、とと……ありがと、山崎くん」


俺に話しかけながら歩いていたため前方不注意だったのか、はなにもない場所に躓いてしまい、そして山崎がそれを支えた。気をつけろ、と山崎が呆れながら呟くとはいつものへらへらしたような笑みを浮かべて分かってるよぉ、と呑気に返す。絶対分かってないだろ、とおそらく山崎も思っているであろうことを心の中で呟きながらふたりを見遣った。

傍から見ればただの上司と部下、しかしよくよく観察してみればそれだけではないことがなんとなく分かる。同僚でありながら相棒でもあるふたりは、時々見え隠れする感情にお互い気付かないふりを続けていた。それが無意識なのか意識してなのかは分からないが、しかしそれも時間の問題だろうと思う。これといった理由はないが、ただ近いうちに良くも悪くも事が動くだろうという確信があった。

ふたりを監察という職業で近づけさせたとき、そこに信頼以外の感情が生まれることを予想しなかったわけではない。けれども新選組のことを優先させてふたりをこのような関係にしたのは、俺だ。そのことを後悔しているわけではないし、ふたりの恋愛を取り締まろうという考えなどは全くない。むしろの事情を理解し、彼女から信頼を得ている山崎は相手として適任ではないかとも思う。ただ妹のように感じていただけに、なんだか複雑だ。


「だから、君のそういうところが天然だと言ってるんだ」

「やっだなぁ、山崎くんもなかなかの天然だよ?ほらもう、副長に一途なところとかさぁ」

「……、誤解を招きそうな発言はよせ」

「ほんとのことじゃないですか、それに山崎くん、俺と副長だったら副長のが大事でしょ」

「…………、」

「おい、山崎もそこで迷うな!」


あはははっ、との朗らかな笑い声がする。それに厳しい視線を送ると、は肩をすくめた後にやっと笑うのを止めた。そして彼女はそのまま真面目に考え込みそうな山崎の袖をつついて帰路へと促し、まったく君も律儀な男だねぇと呑気にほざいている。俺はその言葉にやれやれといった溜息を零してから、と山崎が並ぶ姿に目を和ませた。

願わくば、闇を駆け抜けてきた彼らに、ささやかなる幸を。




星影に捧ぐ




100712(土方視点の山崎夢…分かりづらいことこの上ない!土方さんが一番最初にふたりの関係に気付いて、気が進まないのに後押しとかしちゃってるのではないかと)