、いったぞ!」


「え……う、わわわあっ?!」








呼ばれたと思って振り向いたら、目の前にバスケットボールが突進してくるのが見えた。 反射でさっと手を出すがそれも間に合わず、次の瞬間額にボールがごつっとあたる音と感触がして、わたしは後ろにしりもちをつくようにして倒れた。 わたしの額にあたったボールはていんと音をたてて転がり、少しずつ進んでやがて誰かに拾われるのが見える。 よいしょと体を起こすと、みんながみんな呆然としているのが見えた。 、とボールをわたしにパスした日番谷くんがまず駆け寄ってきて、そのあと友達とか同じチームのメンバーの子たちがわらわらと集まってくる。








「だ、大丈夫か?」


「うう〜ん……たぶん、平気だよ」


「でもこれ、軽く痣にはなっちゃうんじゃない?」


「う、うそ、そんなに強く当たったの……いてて」








とっさにボールが当たった額に触れると、ずきりと当たった場所が傷む。 ……これは痣になるな、と思いながら友達の桃ちゃんの手を借りて立ち上がると、どうやら額以外にけがは無いようだった。 保健室いく?と桃ちゃんに言われて、どうしようかと言いあぐねていると、ボールを当ててしまった責任感があるのか日番谷くんがいこう、と声をかけてくる。








「……当たっただけなんだけどなあ」


「痣になったら困るだろ」


「……困るけれど」


「じゃあいくぞ」








ちょっと迷ったけれど結局うん、と頷いてさきを歩く日番谷くんの後ろをついていこうとすると、桃ちゃんは「わたしも行こうか?」と声をかけてくる。 今はロングホームルームの時間でバスケをしていたので、平気だよ、と返すと桃ちゃんはちいさく笑ってみんなのところへと戻っていった。 どうやら日番谷くんは私が桃ちゃんと話している間待ってくれていたようで、私が振り向くと再び歩き出す。 ちょうど体育館を出たころ、バスケのゲームを再開したのか体育館のほうからダンダンというボールが床を打つ音と女の子たちのきゃあきゃあ言う黄色い声が聞こえた。








「……悪かった」


「え?……ううん、平気だよ」


「……あ、痣になったら、ごめん」


「大丈夫だよ〜。小さいころにはね、毎日近所の男の子たちと遊んでたから、痣や擦り傷程度なら慣れてるんだ」


「……意外と活発だったんだな」


「うん、やんちゃな女の子だったのよ」








そんなことを話しているといつのまにか保健室につき、日番谷くんががらりと白いドアを開ける。 とたん、窓が開いていたのかひゅおっとひんやりとした心地よい風が流れ込んできた。 まずわたしが入って、それから日番谷くんがドアをしめる。わたしが怪我人だからか、いつもよりやさしい気がした。








「先生、いないな」


「……そうだね」


「……何か冷ますもの……なにがいい?額だし、熱冷シートでも貼っとくか?」








名案だね、と返して保健室の奥の棚の中の引き出しをひとつひっぱる。 そこにはごそっと熱冷シートの袋と箱が入っていて、そのなかから袋をひとつだけ取り出した。 ぴりぴりとシートの袋を破っていると、日番谷くんが慣れてるな、と声をかけてくる。








「去年の一年間、ずっと保健委員やってたんだ」


「……ずっと?前後期とも、同じ委員会だったのか?」


「うん。楽だし、当番のときは授業もさぼることできるし……保健室、すきだから」


「……珍しいな」


「うん、よく言われる」








苦笑しながらそう答えると、シートを袋から取り出す。シートの冷たい部分の透明シートをはがして燃えるゴミの中に捨てると、前髪をかきあげた。 片手で前髪をかきあげて片手でシートを貼ろうとしているためかなかなか難しく、苦戦していると日番谷くんのやや呆れた声でやってやろうか、と言われる。 日番谷くんに貼ってもらうなんてそんな、と一瞬断ろうとしたが、このままではずっと貼れないのではと思い、やっぱり素直にお願いした。








「……ごめんね」


「いや、ずっとやられててもこっちが困る」


「……ですよね」








はい、と近寄ってきた日番谷くんにシートを渡すと、前髪を両手で左右にかき分けた。 なんとなく恥ずかしくて目を閉じると、しばらくしてから日番谷くんの指が当たって、そして次の瞬間シートのひんやりとした冷たさが感じられる。 急な冷たさにひゃあ、とちいさく声をあげると日番谷くんが驚いたのか、指がかすかに震える感触がした。 ぺたりときちんと貼ってもらうと日番谷くんの手が離れ、わたしも瞼を開いて前髪を離す。 ちゃんと貼れてるだろうかと念のために自分でシートを押さえると、日番谷くんはやや離れた椅子に腰をおろした。








「どうする、寝てるか?」


「……どうしようかなあ。でもいまこのまま戻ったら、みんなにばかにされそう。あ、でも日番谷くんはもう戻ってくれてもいいよ?」


「……先生いないし、が戻らないんだったら残るよ」


「そんなあ、悪くない?」


「全然……逆に、昨日あんまり寝てなくてさ。が休んでくれると助かる」


「……勉強、徹夜したの?」


「いや、ゲーム」








成績は常にトップな日番谷くんの意外な答えに驚きつつ、気づかれないようにちいさく笑みをこぼした。 ゲームで徹夜して、次の日眠いなんていつもの日番谷くんからは想像もつかないことだ。 日番谷くんには一緒についてきてもらったお礼もあるし、じゃあ、と続ける。








「ちょっと、休もうかな」


「そうしてくれ。俺、ソファーでいいから」


「じゃあ、わたしベット借りるね」








そう言いながらベットの周りを囲んでいる真っ白なカーテンをしゃっと引いて、外から見えないようにする。 日番谷くんはきっとそんなことしないと思うけど、さすがに寝顔を日番谷くんに見られたくはないからなのだが、 日番谷くんはそんなわたしの気も知らないようでソファーに飛び込む。ぼすっという音がして、クッションがちいさく跳ねるのが見えた。 わたしも靴をぬいでベットにあがると、布団の中にもぐりこむ。ベットはわたしの重さでギシッと音をたててきしんだ。 清潔で心地よいベットの感じに和みつつ、日番谷くんにねえ、と声をかける。








「ホームルーム終わるのって、いつだっけ?」


「50分に終わるから……あと29分だな。携帯のタイマー、25分で設定しとけばいいだろ」


「そうだね、……ようし、ではおやすみ、日番谷くん」








携帯のタイマーを今から25分後に設定してから、枕に頭をあずけた。 わたしはべつに徹夜などはしていないのだが、やはり布団に入って頭を寝かせるととろとろと眠気が襲ってくるのを感じて、 ごめんね、と桃ちゃんに心の中で謝ると静かに瞼を閉じた。










少しのうれしさとやすらぎと、





ちいさな恋














最後の言葉から5分もたたぬうちに、すうすうと安らかな寝息がちいさく聞こえてきた。 男の俺がいるこの場所でよく危機感なく眠れるなあと思いつつ、よいしょと体を起こす。 勉強ではなくゲームをしていて徹夜をして、眠たいのは本当だ。 しかし、がそう離れていないベットで寝ているというのに、寝れるはずがないだろうと自分に呆れる。








(……あーあ)








ちょっと、もったいないことをしたかもしれない。そう思いながら、起こした体をもう一度ソファーに沈めた。 告白も、キスも、抱きしめることも、やろうと思えばいつでもできた。しかし実際に行動に移さなかった自分に後悔するような、しないような。 俺が結葵にボールを当ててしまったときも、檜佐木は「2人になるチャンスだぜ、男なら行ってこい!」と後者は意味不明だが言われたし、 雛森には体育館を去るときに結葵には聞こえないようにするためか、くちをぱくぱくとさせながら「頑張ってね!」と言われた。 俺はそんなに頼りなさそうに見えるのかと聞きたいが、きっとそう見えるのだろうから言わない。逆にむなしくなるだけだ。


そのとき、がらがらとドアが開く音がして何かと上半身を起こす。するとそこにいたのは雛森で、きっと結葵の様子を見に来たのだろうと安易に予想できた。 雛森は俺に気づくとちゃんは、と聞いてくる。あっち、と声を出さずにカーテンを引いてあるベットを指さすと、ふうん、という雛森の含みのある相槌が聞こえた。








「なんか進展あった?」


「……あるはずないだろ」


「ええ、つまらないなあ……せっかく2人っきりにしてあげたのに」


「悪かったな」


「そうだよ、まったく……でも、寝込みを襲おうなんて、卑怯な真似はしなかったんだ?」


「すっ……るか、馬鹿っ!」








ちょっと大きな声を出して立ち上がると、雛森は右手の人差し指を唇にあててしずかにっ、と無声音で言ってきた。 ややむっとしながらも、口を閉じてふたたびソファーにどかっと腰を下ろす。








「まあ、頑張りたまえ。応援と援護射撃ははたくさんしてあげるから」


「いらねえ」


「檜佐木くんもねえ、心配してたよ。『冬獅郎まさかなにもやってないわけじゃないだろうな……』って」


「あんにゃろ……」








顔を引きつらせながら、あとでシメてやると心の中で檜佐木を呪う。 それをみて雛森がくすりと笑うのを見て、またまたむっとした。 なんだか雛森に見下されるようなことをされると、どうもむっとするよなあと思っていると、雛森はくるりと振り返ってドアを開ける。








ちゃんも寝てるようだし、わたし戻るね。日番谷くんのこと、先生にはうまく言っておくから。……あ、檜佐木くんにも」


「檜佐木はほっとけ」


「じゃあ、あとよろしくね〜」








ひらひらと手をふると、雛森はまたがらがらとドアをしめて去っていく。 雛森のおせっかいにくちを尖らせながらも、そのおせっかいがなんとなく嬉しく感じてしまう自分に、末期だな、と思わずにはいられなかった。








090330