不思議なひとだった。

俺がお昼の休憩時や執務が終わったころに塔の屋根のところへ行くと、必ずいつもそのひとは居た。長いような短いような黒髪を風に流して、ときには寝転がって、ときには座って俺がくるのを待っていていた。

どこの隊かは聞いたことがないので知らない。そして、名前も聞いたことがなければ知らない。そして俺もどこの隊かを言ったことはないし、名前も言ったことがない。きっとお互いがお互いのことを知らないのではないのだろうか。

けれどそのひとは、いつだって俺を待っていた。

そしてそのひととの会話は、いつも急に、唐突に始まる。

「ねえ、金平糖好き?」

今日は俺がそのひとの隣に腰を下ろした途端にそう聞かれた。唐突に会話が始まることにはもう慣れたので驚かないが、金平糖というものを急にどこから引っ張ってくるのかと思う。

「金平糖……って、あの、小さい砂糖の……」
「そう、それそれ。好き?」
「……嫌いじゃないですけど、甘いので苦手です」

甘いものはあまり得意ではない。甘納豆以外は。素直にそう言うと、そのひとは懐から小さめの袋を取り出して、俺に差し出した。

「知り合いからたくさんもらってね、おすそわけ。なんなら誰かにあげちゃえばいいから、受け取ってくれる?」
「……いい、ですけど」

知り合いから金平糖をたくさんもらうなんて、どんな知り合いなんだ。そう思いながらその袋を受け取り、ちらりと中身を見る。色とりどりの小さな粒がころころと入っていた。金平糖である。

「……金平糖、好きなんですか?」
「うーん……まぁ、好きかな」
「……なんでこんなに大量にもらったんですか?」
「いや、なんか知り合いがなにかの懸賞で当てたらしくってね、でもその知り合いって甘いものが駄目なひとでさー。それでわたしに押しつけられたってわけ」
「……そうですか」

こうやって取り留めのない話をしばらくぽつぽつと続けて、そして時間になると俺がそこを離れて終わりである。なので俺はあのひとが俺より先に帰るのを見たことがない。

あのひとは俺より早く来て、俺より遅く帰る。なのであのひとがいない塔の屋根というものを知らない。ときどき思う。あのひとがいない塔の屋根はどんなものなのだろうか。俺はどうするのだろうか。

考えても仕方ない代物だと思っていたけれど、それはいずれ現実になる。

そう、いつからか、あのひとは塔の屋根に来なくなった。

(……今日もいない)

これで何日目だろう、なんては思わない。数えるだけむなしくなるのを知っていたし、なんとなく、意味がないように思ったから。

それから何日たっても、そのひとは塔の屋根で俺を待ってくれていることはなかった。俺が塔の屋根へ行ってもそこにそのひとの姿はなく、ただ屋根があるだけ。

なんとなく、塔の屋根に来る意味がなくなったことを悟った。俺はあのひとを好きになったわけじゃないし、尊敬しているわけでもなんでもない。ただ話をするだけだったのだが、もうここには来なくてもいいとどこかで思った。どうせあのひとは来ない。

それから幾日も幾日も過ぎて、そして。あのひとと会った日々のことを思い出すようになった。

つまらない話ではあったが、たくさんのことを話した。お土産だったりとか、おすそわけだったりとかでたくさんのものを貰った。

そのときに流れる穏やかなときの、すべてが懐かしい。

(……もう、)

もう、会えないけれど。

会いたいわけではなかった。 会えないのならば、それでいいのではないかと思った。けれど、もしいつか、ふたたび会えるのならば。

(……あなたのなまえは、なんですか)

まず、それから聞こう。



A calm memory


(それはとてもおだやかな、やさしい記憶)




090613(見事に名前変換ないよ…!ひさしぶりなとうしろさん夢です。とうしろさんは本当に、夢主さんを好きではないんです。ただ、なんとなくの存在…というか…。これの夢主視点書けたら書きます…書けるかなぁ…!)