「こっ恋人っ?!」
「の、ふり。斎藤くんも大変というか哀れというか……」
流石に今回ばかりは可哀相だよね、と呟きながらくるりと半回転した。それに合わせて千鶴ちゃんが私の胴に腕を回して着物の帯を器用に締めていく。千鶴ちゃんはぽかんと呆けた表情をしながらそれでもきちんとと手は動かして着実に着付けを進めていた。副長が千鶴ちゃんのためにこしらえたらしいこの着物は、普段副長が私にくれるものと比べてずいぶんいい布を使用しているのだと肌触りで分かる。贔屓だ、と苦笑を零しながら心のなかで小さく呟いた。女の子らしい扱いをされている千鶴ちゃんが、ちょっと羨ましいかもしれない。そう思っていると着付けが終わったのか千鶴ちゃんの「よしっ」という小さな声が聞こえた。
「着付けは終わりです。座ってください、お化粧して髪もいじらせてもらいますよ」
「……楽しんでるよね、千鶴ちゃん」
「だって相手が稀世さんですから。それに、土方さんから言われてますしね」
千鶴ちゃんはそう言いながら腰を下ろした私の髪に触れた。櫛をするすると通す彼女の表情がまるで目に浮かぶ。
「……あんまり凝らなくていいからね?」
「なに言ってるんです。せっかくの斎藤さんとのお出かけですから、ちゃんとお洒落しないと」
「いや斎藤くんと出かけたことなんて腐るほど……」
「それと今回のでは意味が違いますよ」
「……なんか私だけめかし込むのも恥ずかしくない?」
「女性がめかし込むのは当たり前です。さんはなかなかその機会に恵まれませんから、今回は張り切りましょう!」
「……斎藤くんに馬鹿にされたらどうしよう」
「その時は私が復讐しますよ」
「え?!ど、どうやって」
「3日間おかず抜きの刑です!」
「…………」
「さて。紅引きますよ、口閉じてください」
「えっ、こ、濃いのはやめてよ」
「分かってますよ」
くすくすと笑みを零しながら千鶴ちゃんはすいと私の唇に沿って小指を這わす。いつの間にかうなじを被っていた後ろ髪もまとめられ、少しでも首を動かせばさらりと簪についていると思われる飾り珠が揺れる音がした。どんな髪型や化粧をされているのだろうか。それがどうしても気になり、少し手を伸ばして台の上に置かれている手鏡を取ろうとしたその瞬間。千鶴ちゃんが「あっ」という短い声を零したので、やましいことなどこれっぽっちも無いというのに思わず手をひっこめてしまった。
「ちょうどさんの支度が終わったところですよ、斎藤さん」
「さっ……!」
斎藤くん、と続くはずだった言葉は恥ずかしさのあまりに途切れてしまった。勢いで立ち上がり振り返った私はいつもと変わらない着流しと襟巻きに身を包む斎藤くんの姿を確認すると、ぱっと顔を背けてしまう。千鶴ちゃんは最後に急に立ち上がった際に崩れた帯を整えると、楽しんできてくださいね、という言葉とともに私の背中を斎藤くんの元へと押した。2、3歩たたらを踏んでから斎藤くんの目の前に立つ。相変わらず顔を直視することはできなかった。
「変じゃ、ないと……いいんだけど」
「心配しなくても似合ってる。行くか」
「え?う、あ、」
斎藤くんの口から出た言葉と差し出された手の両方に恥ずかしくなりながら戸惑っていると、斎藤くんも非常に言いにくそうに言葉の先を濁す。気づけばいつの間にか千鶴ちゃんはいなくなっていた。しばらく沈黙が続いてから、斎藤くんはやっと覚悟を決めたように「だからだな」と告げる。
「……今日のお前は、俺の恋人だろう」
「そ、う、ですけど……」
「こんなくだらんことに付き合ってもらって、悪いとは思っている。だが、お前が了承してくれたのならば、徹底的にちゃんとやる。……そういうわけだ」
そう言うと斎藤くんはやや強引に私の手を握りすたすたと先に進んでしまう。私は引っ張られるようにしてそれを慌てて追いかけながら、心の中で盛大に溜息をついた。
「最後まで持つかな私……」
「なんだ?」
「……こっちの話」
疑似恋愛
(こうやって手を握られただけでももう心臓がどきどきしてたまらないっていうのに、これから一日どうするのさ……っていうか、恋人って……っ!あああもう……っ!)
101206(斎藤さんは同じ隊の人に恋文を渡されただとかそんな裏設定がひっそりとあります。← なんか山崎さんでも似たようなものを書いた覚えがあるようなないような。笑)
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