ガラリとドアが開く音が放課後の静かな教室に響く。音のした方向に振り向くと、クラスメイトである烝くんが戻ってきたところだった。委員会だったのだろう、手には束になっている書類がある。烝くんは教室に私ひとりしかいないことに驚いた様子で一瞬教室に入るのを躊躇うように足を止めたが、すぐさまそんなことなどなかったかのようにさっさと入ってドアを閉めた。ひゅるりと廊下の涼しい風が足元を潜りぬける。
「お疲れさま。委員会?」
「あぁ、来月の球技大会のことについて少し」
「クラス委員は大変だね……えらいなぁ」
「……そんなことはない。そういうはどうした?早く帰らないのか」
「いや、知り合いの先生からちょっと雑用頼まれちゃって。どうせ放課後は暇だからいいんだけど」
「雑用?」
「1年生向けの進路ガイダンスの資料作り。とは言っても、プリント並べてホッチキスで留めるだけだけどね。それを150部」
「ひゃくご……手伝う」
「えぇ、べつにいいよ?地道な作業って嫌いじゃないし」
「いや、俺が手伝いたいだけだ」
「そう?じゃあ、お願いします。助かるよ」
烝くんは手に持っていたプリントの束を教卓の上に置くと私の向かいの椅子を引いてそこに座った。資料作成の手順を簡単に説明すると、あとはお互いに黙々と作業を続ける。流石クラス委員、こういった仕事は手慣れているのだろう。烝くんは私よりもずっとスムーズに作業を進めていた。
烝くんが手伝ってくれた時点で既に50部は出来ていたので、2人で作業を進めるとあっという間に残り100部を作り終えることが出来た。約束の時間になったら先生が取りに来てくれることになっていたのだが、時計を見るとその時間まではまだだいぶある。少しだけ迷った末に持っていってしまおうと決めると、椅子から立ち上がった。150部の束をよいしょと抱える。
「手伝ってくれてありがと、助かっちゃった。じゃあ私これ持っていくから……ひとりで大丈夫だし先帰ってていいよ」
「あぁ」
150部は見た目に反して意外と重かったが運べないほどではない。たまによろけそうになりながらも職員室まで辿りつき先生に資料を渡すと、お礼にとペットボトルのお茶をくれた。雑用のお礼がペットボトル一本は安いよなぁと思いつつ廊下を歩きながらそのお茶を一口飲む。教室に戻るとそこにはまだ烝くんが残っており、あれ、と思わず呟いた。
「帰らないの?」
「待ってた。日が暮れるのが早くなってきたし、駅まで送る。、恒口駅だろ?」
「そうだけど……いいよ、悪いし」
「俺も帰る方向同じだから、ついでだと思っておけばいい」
「烝くん、家どこ?」
「北西野」
「……じゃあついでに送ってもらおうかな」
そんな会話を交わしながら自分の席へと向かい、ペットボトルを近くの机に置いておくとごそごそと鞄の中身を確認する。すると烝くんは私が教室を出ていったときには持っていなかったそのペットボトルに気付いたのだろう、それを見ていたので私は「そのお茶、」と話を切り出した。
「お礼に先生がくれたんだ。飲んでもいいよ」
「……じゃあもらう」
烝くんは躊躇することなく私の傍に来くるとペットボトルのキャップを取ってその中のお茶を何口か飲んだ。私はその間に荷物をまとめて、鞄のチャックを閉めてそれを肩にかける。ん、と烝くんからキャップがきちんと閉められたペットボトルを受け取って私もそれを再び飲もうかとキャップに手をかけた時、はたと気付いた。
「あ、」
「?どうかしたか。帰るぞ」
「え、う、うん」
烝くんが教室のドアに向かって歩きはじめたので慌ててそのあとを追った。ドアを閉めて廊下を歩いて階段を下り、玄関で靴に履き替える。その間烝くんはなにも喋らず、私の頭ではこのペットボトルが思考を支配していた。烝くんも気付かなかったはずがない。けれど烝くんはいつもの様子となんやら変わりなく、そのせいか私も徐々に頭が冷えてくる。けれどやっぱり気にならないわけではない。右手に持っている冷たいはずのペットボトルが妙に温かく感じる。
ちらりと、盗み見るようにして烝くんの表情を窺った。すると私からの視線に気づいた烝くんと目が合い、それにお互いにぱっと顔を背ける。なんだかよく分からないけれど、やばいかもしれない。自然とペットボトルを握る力が強くなった。
間接キス
(間接キス、だよね……?!) (……しまった、きまずいな)
101122(学パロ!山崎さんは確信犯です。笑)
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