「!」
自分の名前を誰かに慌てている様子で呼ばれ、立ち止まってから後ろを振り向くとそこにはシリウスがいた。シリウスは私に追いつくと息を切らしながら立ち止まる。私のことを探していたのか彼の額には汗がじんわりと浮かんでいた。それもそのはず、今の季節は暑さが本格的になってきた頃の夏で今日はホグワーツから発つ日であり、私は荷造りを終えて玄関ホールにのんびりと向かっているところだった。仲の良い友人は荷造りに時間がかかりそうとのことだったので先に出てきたのである。一緒に慌ててホームへ向かうなんてことは御免だ、この暑い季節に全力疾走なるものはしたくはなかった。
「どうしたの、シリウス」
「いや、もう特急乗っちまうとバタバタするかと思って」
「え?私、なにかシリウスと約束とかしてたっけ」
思わずそう尋ねると息を整えようとしているシリウスに待った、と制止の合図をされる。シリウスに言われた通り大人しく待っていると、荒い息がようやく落ち着き溜息をひとつ零してからシリウスはローブのポケットから小さな包みを取り出した。そしてシリウスはそれを私に差し出し、にこりと優しい笑みを浮かべる。うわ、珍しい。
「、来週誕生日だろ。直接渡したかったから、ちょっと早いけどプレゼント」
「あ、あぁ……ありがとう。わざわざよかったのに」
その包みを差し出される理由に納得して素直にそれを受け取る。開けて、とシリウスに促されてピンクの包み紙の上に掛かっている白いリボンをしゅるりと解き、掌におさまるサイズの包みをかさかさと音をたてながら開いていくと中から出てきたのはヘアピンだった。目線の高さまでそれを持ち上げてまじまじと見つめる。ピン自体にはくすんだ黄金色のコーティングがされており、ワインレッドの大ぶりな花の飾りはプラスチックで透けていた。ヘアピンは普段着けないのだが色合い的にもアンティーク風なのでこれなら気軽に身につけられるかな、と思う。
「気に入ったか?」
「うん。すごく素敵。でもいいの?高そうだけど」
「いや、実際そんな高くないから気にするな。それよりも気に入ってくれたならよかった」
「……貴族の坊ちゃんの金銭感覚はあてにならない」
「そんなこと言うなって。ほら、貸してみな」
シリウスはひょいと右手でヘアピンを私から取ると、瞬く間に私の目の前に移動して左手を伸ばしてきた。なにをされるのかと思いきや、シリウスは私のうなじの後ろで結っていた髪を赤いリボンを引っ張って梳いてしまう。さらりと背中に髪が広がると同時にシリウスは私の右耳の上あたりに先程のピンを差した。そして私のリボンを手にしたまま満足そうに頷く。
「この間が髪を下ろしてるのを見たとき、これが似合いそうだと思ったんだよな。うん、可愛い」
「……おだててもなにも出ないよ」
「本当だって」
怪訝な瞳でシリウスを見ると苦笑しながら頭をくしゃりと撫でてくる。それにくすぐったく思っているとシリウスはそのまま手を後ろに回して髪を梳きはじめた。さらさらと流れる髪は背中の半分より少し長く、自慢の黒髪である。この艶のある闇色は日本人しか持っていないものだと私は思っているのだ。
「長いな。黒いし」
「毛先はちょっと痛んじゃってるけど。黒いのはシリウスも同じでしょ」
「そうだけど……俺のはくすんだ黒っていうか、墨色っていうか。綺麗な艶のある黒髪じゃないだろ」
あぁ、とシリウスの告げた言葉に納得してすぐそばにあった彼の髪を見つめる。シリウスの髪は確かに黒髪ではあるものの私のような真っ黒、というわけではなかった。しかしさらりと軽いシリウスの髪に比べると私の髪は重くべたつきやすく、それは髪の長さのせいだけではないように思う。そんなことを考えていると「、」と突然名前を呼ばれたのでふとシリウスを見上げ、しかしその途端軽くリップノイズをたてなからシリウスの唇が私のそれに触れた。
「……は?」
「……、それはないんじゃねえの?色気ないな、お前」
「いや、なにしてんの」
「そう可愛くじっと見つめてるとキスされちまうぞー」
「や……忠告遅いって」
いきなりキスをされたというのにやけに落ち着いている自分には喜んでいいものなのか落ち込んでいいものなのか。そんなことを思い心の中でのみ焦っているとここぞとばかりにシリウスはこめかみにも唇を落としてきた。それにくすぐったそうに身をよじらせると同時に恥ずかしく思い、お返しにと頭突きを繰り出してやるとシリウスのかすかな呻き声が聞こえる。ざまあみろ。
唇が触れた
「スキンシップになれていない私をからかおうったってこれ以上は我慢できるか!この期にようく学習しておきなさいシリウス、むやみに乙女をからかうべからず!」 「はあ?!」
110123(相変わらずほのぼので終わる…。← 1年生の夏休み直前のお話です)
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