(あと……4、3、2、1!)


教室の前に掛かっている時計の秒針を見ながらカウントダウンを終えると同時に、6限目の終了を告げるチャイムが学校中に鳴り響いた。がちゃがちゃと筆記用具を片付けつつ、日直の子の「きりーつ、ありがとうございましたぁ」の声に合わせて立ち上がり頭を軽く下げる。再び椅子に腰を下ろしてから手帳を見て、今日の放課後に予定がなにも入っていないのを確認しながら鞄にノートや教科書を入れていった。私は基本的に置き勉なので必要な分だけ鞄に入れたら鞄にはまだ大分余裕がある。


「」


今日出された宿題と鞄の中身を記憶を頼りに照合していると、聞き慣れた声が私の名を呼んだ。一体今まで何度、そのように名を呼ばれただろうかとどうでもいいことを一瞬だけ思う。声がした方を振り向くと、鞄を手に私の机の真横に一が立っていた。


「もう帰るの、今日部活はないんだ?」

「今日は職員会議があるらしいからな。朝言っただろう」

「あーそういや……言ってた、気がする、かも」


今朝の登校中に「今日は部活がないから早く帰るぞ」「はいはーい」という会話を交わしたことをうっすらと思い出す。あのときは理由までは聞かなかったが、確かに早く帰るとは言っていた、ような。一のやれやれといった吐息が聞こえた。

斎藤家とは家がお向かいで、一は保育園からずっと一緒のいわゆる幼なじみというやつである。言わずもがな今年入学した中学校も同じで、どういうわけかこの通りクラスまで同じになってしまった今年の春にはいらぬ運命を感じたのは言うまでもない。しかし一は普通にかっこいいし女子からひそかに人気があったりするので、幼なじみとして鼻が高いと同時にちょっとした優越感を度々感じたりしていた。毎日一緒に登下校したり、自由にお互いの家に出入りしたり。お互いのことを知り尽くしているというわけではないが、家族の次ぐらいには理解している。それがお互いにとって丁度良い、幼なじみとしての距離だった。


「ほら、さっさと準備しろ。行くぞ」

「う、わ、わわわ、今行く今行く」

「急げ」

「せかさないでよ!っていうかなんでそんなに急いでんの、今日なんかあったっけ」

「早くゲームがしたい」

「……そですか」


そのようなくだらない会話をしながら教室を出て、玄関へと繋がる廊下や階段を伝っていく。途中で会話が途切れるが、昔から私も一もおしゃべりなほうではないので沈黙も慣れていた。今となっては逆にその静かさが心地良いとさえ感じる。

しかしその沈黙もあと少しで玄関だという廊下で破られた。「斎藤!」と、一の名字を呼ぶ声にお互い後ろを振り返る。そこには手をあげてこちらに向かってくる、一の所属する剣道部の先輩である原田さんの姿が。


「お前ももう帰るのか?今日は部活、ないもんな」

「えぇ、まぁ……先輩こそ」

「まぁ、たまにはな。よう、。久しぶりだな、最近部活に顔出してくれないじゃないか」

「お久しぶりです原田先輩。またそのうち武道場にお邪魔させてもらいますよ」

「あぁ。っていうか、も剣道部入っちまえばいいのに。お前もいい腕してんだからさ、なっ?」

「いやぁ……」

「……先輩、無理にこいつを勧誘しないでくださいよ」


小学校卒業までは一と一緒に近所の小さな剣道場に通っていたこともあって、竹刀を振ることはできるが道場を止めて半年。時間と比例して形は崩れ、腕は落ちてゆく。一は入学と同時に剣道部に入部したが、私は入らないでいた。理由は単純である。剣道は自分がやるよりも一がやっている姿を眺めているほうが好きだったからだからだ。


「まぁいいけどな。ちょーっとは考えといてくれよ?きっと土方先生も喜ぶからさ」

「はぁ」

「じゃあな、気をつけて帰れよ!」

「先輩こそ、お気をつけて」


いい先輩だなぁと思いながら頭を小さく下げた。部活の後輩でもなんでもない私にまで気を遣ってくれるのだから。ふと一のほうを仰ぎ見ると、一は颯爽と嵐のように去っていった原田先輩の後ろ姿を苦渋の表情で眺めていた。なんでそんな顔をしているのだろうか。あれ、ちょっと待てよ。なんかおかしい。なにがおかしい?……あ。


「……一、私の背、抜いた?よね?だって私見上げてるもん……うわあぁぁ抜かれてるぅ」


ささっと一の背後に回り背中を合わせて私の頭の頂と一のを比べる。入学した頃には明らかに私のほうが数センチ高かったというのに、たった半年でこの様だ。私が身長を追い抜かれたことに嘆いていると、一は背中から私を引っぺがして「止めろ」と威圧感のある声で告げる。そして私を置いてさっさと廊下を進んでしまうが、私はそれに恐れなどは感じず顔がにやけるのが自分でも分かった。理由は簡単、今の彼の行動は単なる照れ隠し。


「一、おっきくなったねぇ」

「馬鹿にしているのか」

「寂しいんだよ」

「……、……お前より小さいのでは、格好がつかないだろう」

「一はいつでもかっこいいよ?」

「そういう意味ではない」

「じゃあどういう」

「……自分で考えろ、鈍感」

「……、……え?あっ、ちょ、待ってよ!急に早足になるなっ逃げるなこらーっ!」




背中あわせ

(お前より背が低いのでは、守れるはずがないだろう……っ)



101118(一応中学生という設定。SSLではないですが、初々しいのを書きたかった。笑 背中合わせになって恥ずかしかったのと、背が高くなって嬉しいのと。斎藤さんがひとりで照れてるんだろうなぁと。名前で呼ばせるのに大変勇気が要りました…!←)