「光夜っ!」

「?どうした」


廊下の先にいる光夜を呼び止めながら彼の元へと駆ける。肩で息をしながら立ち止まると「何か急な連絡でもあったのか?」と尋ねてくる光夜に向かってつい先程光夜の執務室に届けられた書状を差し出した。蝋封は波を象った紫洞のもので、それを見た瞬間光夜がはっと息を飲んだのが小さく聞こえる。


「紫洞から、緋奈さまを紫洞に招待する、と」

「……黒嶺王はなんと?」

「本人の意思を尊重し、芦琉さまのご決断に任せると……よく考えろと、言付かった」

「あー……くそ、問題が増えた」


そう言いながら光夜は書状に目を通し、その内容に息を吐く。しばらく様子見状態だった紫洞がついに動きだした、それは芦琉さまと緋奈さまの問題も動きだしたということだ。黒嶺王から告げられたよく考えろ、という主語にはきっと私も含まれている。それを嬉しく思うべきなのか、哀しく思うべきなのか。そう思っていると廊下の奥に金色のまばゆい髪が見えかくれするのが見えた。美しい金色の髪は日光に反射しやすく遠くからでもその影はよく見つかるのだ。隣にあるもうひとつの影は言うまでもなく殿下だろう。どうやらまた2人で仲睦まじくいちゃついてるらしい、といえば緋奈さまには慌てて否定されそうだが。


「噂をすれ、っんぐ!」

「静かにしろ。いまいいとこっぽいぞ」


噂をすれば、という言葉は光夜によって遮られた。急に口のあたりを光夜の右手で塞がれて、左腕で身体をすぐそばの柱の裏に寄せられる。いつの間に移動していたのか既に柱の裏にいた光夜は左腕を私の身体を抱えるようにして腰に回していた。光夜の吐息が耳にかかり、びくりと身体を震わせながら心臓を高鳴らせる。しかしそれと同時に光夜には違う意味でも鼓動を速まらせていた。それはこの体制にではなく人間の生命維持を司る本能のせいである。口はともかく鼻まで塞がれては会話はおろか、呼吸などできるはずもないのになにをするかこの奴は!

ぺしぺしと私の口と鼻を覆っている光夜の手を必死に叩いた。こんなくだらない理由で気絶してたまるか、とくらくらしそうな頭で思っているとついに光夜も私の状態に気付いたのか目を丸くして手を離してくれる。


「……っは、はぁっ、口塞ぐのは、いいけど、鼻まで塞ぐなっ!」

「お、悪い悪い」


ちっとも悪びれた様子がない光夜に頬を膨らませるが、それさえも光夜は無視してすぐに目線を緋奈さまと殿下に戻した。慣れたことなので気にならないが、まったく、と思いながら光夜の腕から抜け出そうとするが身体に回された腕から脱出することは出来ず逆に左腕できつく抱きしめられてしまう。その瞬間心臓が大きく跳ねた。上司であり師でもある光夜には常に尊敬や羨望の思いを抱いていたが、こっそりとそれ以外の感情を持っていると最近になって自覚した。きっと本人に悟られてはいないだろうし端から見れば誰も分からないとは思うが。しかしその考えは次の瞬間覆されることとなった。


「ったく、おとなしくしてろ」

「っ、ふあ……」


しっとりとしたあたたかい吐息が、溜息混じりの小さく囁く声が、鮮やかな菫色のやわらかい髪が。耳や頬、うなじに直接触れて思わず声を漏らさずにはいられず、その途端かあっと身体中の体温が上昇するのを自分でも感じた。今の声はまずかった、今ので確実にばれたにちがいない、と羞恥と後悔と恐怖が瞬時に頭の中で大洪水を巻き起こす。光夜の息を呑む小さな音がやけに耳に残った。恥ずかしくて死ねる、いまならできると強く思う。


「……変な声出すなよ」

「やらせてる、っのは、……っ!」

「……俺、ってか?」


相変わらず耳元に落ちてくる光夜の息や声は明らかに面白がっており先程より熱がこもっているように感じた。すると突然耳元に光夜の唇が寄せられ、「んはっ、」と声を漏らす。しまった、と即座に左手でぱっと口元を手で覆うが光夜はそれを難無く剥がして私の左手を光夜の空いている右手でつかまえておもむろに指を絡ませた。くすりと小さな笑みが聞こえたと思った途端、ふ、と耳元に息を吹き掛けられる。これにはさすがに耐え切れず「ふっ、」とぶるりと身をねじりながら光夜にしがみついた。確実に私で遊んでいるだろう光夜に反論する余地もなく再びくつりと光夜の笑みが聞こえる。絶対にこいつ楽しんでやがる……!


「……、俺のこと好きなんだ?」

「っここまでやっといてそれ言わすか変態……!」


相変わらずの囁きに肘鉄でもくらわせたいところであるがそれは叶いそうにもなかった。光夜の行動のせいで力は時間が経つにつれてゆるゆると抜けていく一方である。一体先程までの自分はどこへやら、すっかり光夜に侵されている自分の身体が恨めしい。


「変態で結構。こっちはどれだけ待たされたことか」

「……、…………はっ?!」

「俺はずっと前からお前のこと好きだったけど」

「え、えぇ?!」

「あー、やっぱり気付いてなかったか」

「ちょ、まて、え、」

「……廊下のど真ん中でいちゃつくなよ光夜」

「あ、芦琉。と、王女」

「ひゃあぁぁあぁ?!」




囁き

「お二方ともいつのまに……っ?!」
「あ、あの、その……ごめんなさい、稀世、私あなたが光夜とそういう関係だと……」
「ああああですから緋奈さま、いつから?!」
「そんなの最初からに決まっているだろ」
「でっ、殿下?!も、もういや……!」
「おい光夜、これからはちゃんと公衆の目につかないところでやれよ」
「……芦琉にそんなことを言われる日が来るとはな」
「おいっ、どういう意味だそれは?!」



110101(甘甘か微えろかちょっとわかんないけどそんなかんじの。耳ってこそばいよね弱いよね…!(あれっもしかして私だけだったりする?)実は2011年初ドリームだったりする(…)。)