「僕はね、君が気になるんだ」 授業が終わった後の変身術の教室。今日たまたま教室を出るのが遅かったわたしは運悪くマクゴガナル先生に捕まってしまい、わたしと同じく教室を出るのが遅かったリーマス・ルーピンと授業で使ったものの後片付けを行っていた。呪文の実践で使った造花を汚れていないか確かめ、指定された場所にきちんと片づけていくという淡々とした作業だが、わたしは地道な作業が嫌いなわけではないので今日の宿題のことや夕食のことを考えながら気楽にやっている。 ルーピンとは、ふたことみこと話しただけでそのあとはなにも話していないが、しかし別にわたしにとってはそれはなんの苦でもなかった。なぜならば、リーマス・ルーピンとは他人ではなかったが、特別仲がいいっていうわけでもないからだ。同じグリフィンドール生なのでなにかしら接点はあるが、それでも本当に健全なただの友達、それ以上でも以下でもなかった。だから驚いた。きっとわたしのことなんてほとんどなにも知らないだろうと思っていたひとから、こんなことを言われるなんて。 もう少しで作業が終わるといったころ、急に、といつものファミリーネームの呼びかたではなくファーストネームで呼ばれ、なにかと思って振り向いたら急に言われたのだ。急なことに口をつぐんだわたしの心臓がどきりと胸を打つ。 もしこれが普通の告白であったならば、わたしの人生初の告白で真っ赤になってきっと胸が早鐘のように打ちまくり、古い教室で2人っきりで、窓からの夕日がわたしとルーピンを朱に染めるこの光景にさらに胸を高鳴らせただろう。けれどわたし自身がちょっと特異なのか疎いのか、ルーピンがそうなのか、はたまたそれ以外の理由でか今の雰囲気はそれとはちょっと違っていた。ときの流れが遅く感じるような、静かな時間が流れる。 「どうしてかなあ」 「――き、きかないでよ」 友達の子たちのほとんどは恋人をつくったり好きなひとが出来たりしているらしいが、わたしにはてんで関係がないと思っていたせかい。今年でホグワーツに入学して4年目になるので今年でわたしも14歳だが、だれかと付き合うとか、恋人をつくるなんてことは考えたことなかった。ルーピンの告白はいままでわたしが描いていた、華やかで甘いものなんかではなく、静かなものでどこかわたしを落胆させる。驚きと緊張が胸の奥で小さくうずくき、やがてそれが混乱を招くようなきがした。 「僕は君のことを知りたい」 ルーピンが歩く音が、何も聞こえない静かな教室にやけに響いた。かつん、と靴が床にあたる音が幾度か聞こえて、止まる。気づけば、ルーピンはすぐそばまで来ていた。 「君のそばにいたいんだ」 小さくあとずさりすると、ルーピンがそうっと手を伸ばしてくる。少しの恐怖を感じたが、それを拒もうとは思わなかった。優しく、やさしくわたしの左手に触れたルーピンの右手は、そのままわたしの手首をつつむように、痛みなど感じないぐらいやさしくつかんだ。小さな恐怖と安堵が入り混じり、自分がいまなにを思っているのか分からなくなる。わたしはこれを拒みたいのか、それとも受け入れたいのか――けれどその答えはなんとなく予想がついていた。 ルーピンは軽くわたしのことをひっぱって、とん、とわたしがルーピンの胸に頭をあずけるとわたしの右手を離す。そしてその手をわたしの頭において、さらり、とやさしく撫でた。かすかに香るにおいはルーピンのもので、安心するおひさまのようなやさしいにおいがする。そのにおいは不安なこころを拭い去るには十分なもので、一瞬にしてあたたかな空気が流れる。 「……君のそばにいたいんだ」 もう一度、今度は耳のすぐよこで声が聞こえる。吐息が耳にかかり、びくりと震えた。それに気づいたルーピンがくすりと笑みを零すのが聞こえて、、と小さく名前を呼ばれる。なにかと思いふと顔をあげると、案外ルーピンの顔がすぐ近くにあった。 「僕のこと、好き?」 「嫌いじゃないよ」 「愛してるといえる?」 「……どうなんだろうね」 静かにルーピンの口からこぼれる質問に、直球で答えていく。わたしの答えによってルーピンの表情が曇ることはなく、変わらない笑みをずっと浮かべている。さっきまではちいさな不安すら感じていたその笑みも、いつのまにかそうとは思わなくなってしまっていた。ふとそうなったのはどうしてかと自問しようとしたとき、再びルーピンからの質問が耳に届く。 「――いま、この状態から早く抜け出したいと思う?」 「……どうせルーピンはひとつの答えしか受け付けないくせに」 そう言うと、よく分かっているじゃないかと小さく笑われて、ルーピンの左手でさらりと前髪をかき分けられる。その動作がこそばく感じて少し下を向くと、頭の後ろに回されていた右手でもう一度上を向かされた。耳元に息がかかり、一気に頬が熱を帯びるのを感じる。それだけでも早鐘を打つ心臓でどうにかなってしまいそうなのに、さらに耳元で目を閉じて、と呟かれて小さく身体が震えた。このあまい声はずるい、と思いながらゆっくり瞼を閉じる。そしてそのあと、かき分けられた額にあたたかな感触が触れた。 「わたしのこと、『愛してる』とはいわないのね」 額からあたたかな感触が離れて、さらりとかき分けられた前髪が元に戻るころそう小さく呟くと、ルーピンのきょとんとした顔が視界の隅に見えた。そしてそのあと、裏のありそうなにこにことした最上級の笑みを向けられて「ねえ、それって、」と頭上で聞こえる。べつに恥ずかしいわけじゃないのだが、ばかなことした、と思ってうつむいた。 「言ってほしいの?」 「べつに」 ルーピンの問いに即答すると、ルーピンはちいさく苦笑した。しかしわたしは彼が肩を小さく落とすのを見逃さなかった。期待してたのか。 そのうち、ルーピンの右手がわたしの頬に触れたのでわたしはなにかとぱっと顔をあげた。しかしルーピンはうつむき気味に身体をかがめて、すいとわたしの顔をのほうにルーピンのそれを近づける。最初、キスされるのかと思ったがそれはわたしの自意識過剰だったようで、ルーピンはわたしの耳元へと唇をよせる。そして先ほどと同じような、ずるいあまい声でぽそっと小さく囁いた。 「愛してるよ」 身体中に甘い痺れが走り、やっぱりずるいと再確認する。 そしてさきほど半分冗談でいったこの言葉を耳元で囁くなんて、さすがだと思わずにはいられなかった。東洋人のわたしには絶対にできないことだ。 「なにもかえしてあげないよ」 「別に見返りを求めているわけじゃないから」 「……あっそう、じゃあ当分ハグもキスもなしだね」 「ええ、きびしいな……ハグぐらい、だめ?」 「だめ」 090327(リーマスがヒロインちゃんに甘くない告白、と思って書いたんですが…あれ?ヒロインちゃんは無表情というか、淡々としているかんじのイメージです。なにごとにも動じない、みたいな。リーマスもわたしのなかでは淡々としているイメージなので、ヒロインちゃんもちょっと恐怖に似たものを感じているかんじを表したかった…です…) |