いままでいろんな女と付き合ってきたけれど、今になって俺はその女のことを好きではなかったのだと思い知る。女に付き合ってくれと言われたらそのとき付き合っている女がいなければ即オーケー。女は涙を浮かべながら喜んで俺にキスを求めて抱きしめられることを望んだ。俺が女にとってなにかを埋める存在であるように、俺にとっても女というものはなにかを埋めるものでしかなかった。たとえその埋めるべき場所と意味が大きく異なっていたとしても、だ。ただの暇つぶしに付き合う、と言えば聞こえは悪いのかもしれないが俺にとって女と付き合うということは実質そんなものだった。楽しさや悲しさや寂しさはジェームズ達とで埋められる。だた、あまりに余ってしまう時間というものを埋めるために、女を利用していた。 ただそれだけだった、のに。 そんな俺が見てて甘酸っぱすぎる初々しい恋というものをしたらしい。6年生にもなってやっと初恋かなんてジェームズたちにかわかられるが反論できないのが真実だ。そう、いままでのは恋ではなかったのだ。しかしならば、いままでのはなんだったんだと思うのだがリーマスに「ただの遊びだったんじゃない?」とさらりと言われた。思い返してみればそうなのかもしれないが、それでは俺がなんだが悪い男みたいじゃないかとなんだか腑に落ちない。 いつも気づけば目で彼女を追っているし、授業中でも後ろから髪を眺めたり、隣の友人とクスクスと笑っている横顔を見て自然に頬をほころばす。無意識に彼女の話題を切り出すこともしばしばで(しかしこれとばかりにジェームズにからかわれる)、ああ俺ってば恋しちゃってんなぁなんて呑気に思ってしまうのはもう末期症状なのだろうか。 「シリウスってば意外と純情無垢なところあるし、本命にはなかなか手出しできないタイプだよね」 「そうそう、いままでの獣のような勢いはどこにいったんだよパットフッド。次々と女性に手を出していた君がこんなにも躊躇するなんて、ってば愛されてるねぇ」 まぁそんなわけで、俺はに超恋しちゃっている状態なのだ。 *** 「リ、リーマス!」 あわてたようなリーマスを呼びとめる声が後ろから聞こえて、一緒に歩いていた俺もリーマスとともに立ち止まった。声を聞いてもしかして、と思ったのだが振り向いたところにいたのは思った通り、である。リーマスを見つけて走ってきたのか息が切れており、短く切られる荒い息に少しドキッとした俺は変態なのだろうか。 「どうしたの、そんなに慌てて」 「あ、あの、監督生会議あること、忘れてた?」 あ、とリーマスが短く声を上げる。忘れていたのだろうが、真面目なリーマスが忘れていたなんて珍しいと横目でリーマスを見るとしまったというような歪んだ表情をしていた。リーマスはにお礼を言うと、ごめんと俺に短く告げてからとぽんと腕を叩いて廊下を走って行った。最後の行動の思惑がなんとなく分かって、苦笑するとともにちょっと緊張する。やっと息が落ち着いてきたは大きく息をすって、はいてという行為を何度か繰り返していた。それをじっと見ていると、やがて息の落ち着いたから「なにか、用?」と言われて心の中で焦るが外見は飄々としている自分が空恐ろしい。あーとかえーと言って適当に言葉を濁して理由を探しつつ、なんだかかっこわるい自分を嘆きたくなる。 「……ひとりなら、おれもそうだしランチ一緒に食うか?」 結局、なかなか理由が見つからなかったためにそんなことを言ってしまったのだが、ゆくゆく考えてみればなんて大それたことをしたのだと自分でも驚いた。1年の時はともかく、6年となると一緒に食事をとるのは同性同士、もしくはカップルでしかない。同じ寮に所属しているとはいえ付き合ってもいないのに一緒に食事をしようなんて考えてみればおかしなものだった。しかしその反面、なかなかとの接点が持てない俺は自分のことをよくやったとほめてやりたくなる。ここで行動しなければ気を使ってくれた(と思われる)リーマスにも申し訳ない、というかそれよりも男として情けない。さてここでがなんと答えてくれるかが俺を一喜一憂させるのだが、は案外あっさりと「いいよ」とオーケーを出してくれた。よっしゃと心の中でガッツポーズを作るのもつかの間、でも、とは続ける。 「シリウス、彼女いるでしょ、怒られたりしない?っていうかそもそもわたしとランチ一緒にしたからって、とくに楽しくもなんともないと思うけど」 「ぜ、全然、お前といて楽しくないとか、ないし。それに俺、いま彼女いないから平気だって」 ふうん、と簡単な相槌が聞こえた。そうか、にとって俺の彼女問題はその程度なのかとちょっとショックを受けたかもしれないが、期待した自分が悪い。どちらともなく大広間へと向かって歩を進め、一歩後ろを歩くわけでもなく前を歩くわけでもなく、ちょうど2人並ぶようにして歩いた。元々は東洋出身なので西洋人よりひとまわり小さく、更に男女の差もあって身長差は頭ひとつぶんくらいあった。少し下でひょこひょこと揺れる愛おしい頭は、いま一体なにを考えているのだろうか。そんなことを考えていると、が静かに「あのさ、」と話を切り出した。 「こういうことされると、わたし馬鹿だから勘違いしちゃうよ?」 の言った言葉の意味が分かったかもしれないけれどそれは自惚れみたいで、こういうことってどういうこと、とオウムのように繰り返して尋ねる。するとは言葉を濁しながら、歯切れが悪そうにぼそぼそと言った。 「レポート見てくれたり、ローブ貸してくれたり、あと魔法薬学も一緒に組んでくれるし……あとこのあいだはホグズミードで偶然会っただけなのに欲しかったリング買ってくれたよね。ほかにも、いまランチ誘ってくれたりとか、たくさん。……最近シリウス、優しいし気を遣ってくれるものだから、ほら、ね」 なんだかこうやって言われると、俺もなかなかに頑張ってるんじゃないかと思う。それにが俺がやったことをいろいろ覚えててくれているということはもしかして、と自意識過剰かもしれない考えが頭をよぎった。そのせいか、ポロリと次を促す言葉が出てくる。 「その、あとが知りたいんだけど」 「あー……うぅ、ほら、勘違いしちゃうでしょ、なんというか、シリウスわたしに気があるのかなー……みたいな………………ご、ごめん、やっぱわたしの馬鹿な勘違いだよね……!」 少し下で俺と同じ黒色の髪があわあわと揺れた。ひとつに結っている赤のリボン(昨日は紺のリボンだった)がひらりと動いて、束ねられている髪がふわりと風になびくようにして静かに舞うのがやけに遅く感じる。やばい。悟られてる。完っ全に俺の想いがばれている。青くなるやら赤くなるやらでどうしたらいいのか分からないのは俺だけではないようで、も俺が何も返さないので自分の自惚れだったと焦っているのか、いつのまにかお互い立ち止まっていた。 どうすればいい。このまま告白するべきなのか。そんなことをもんもんと赤くなったり青くなったりしながら考えていると、やがてはいたたまれなくなったのか「シリウス、」と控えめに声をかけてくる。 「……ランチ、食べに行こうか」 「お、おう」 逃げたな、と思ってしまうのだが俺も同意する返事を返したので同じく逃げたことになる。とりあえずと一歩進んだに合わせるように、歩幅を意識しながら大広間へと向かった。そろりとの顔を盗み見ると、少し顔が赤くなっているのか見えて心の中でひっそりと狂喜乱舞する。そしてそのうち、前を見据えながらちょっと恥ずかしがるようにして、いつものようにふわりというかへらりというか、そんなゆるい笑みを零したにこっちまで頬が緩むのを感じた。やばい、もう超可愛すぎる。 091030(へらりとしているヒロインちゃんと、隠れて奮闘しているシリウスって可愛いなあって思います!シリウスは女慣れしてるけど本命に関しては初心、なので甘じょっぱい恋愛で青春していてほしいです。そしてふたりでうじうじして周りがやきもきするんだろうなっていう、妄想。笑) |