談話室の暖炉からは少し離れている窓辺の2人掛けのソファーに身を沈めていると、タンタンと規則的な足音が寮の階段のほうから聞こえてきた。音の響きかたからして男子寮から聞こえてくるそれは、やがて階段をおりきったカツンという少し高い音で終わる。誰だろうかとソファーに座ったまま首を回すと、そこにいたのは同じ学年でまぁまぁ仲がいいシリウスだった。シリウスも私に気づくと少し驚いたような顔をしてゆっくりと歩いてくるのだが、さすがホグワーツ一かっこいいと言われる男、歩く姿さえも優雅である。やがてシリウスが私の座っているソファーの空いているほうに腰を下ろすと、少し軋んだ音がすると同時にシリウスがいつもつけている香水のにおいがした。あまりこんなに密着することはないのでいつもは気にしないのだが、いまわたしとシリウスの間には握りこぶし一個分ほどしか距離がない。さわやかな、けれどどこか少し甘い感じのその香水はまるで彼のようだと思った。

「なんだか、眠れなくて」

どこか言い訳めいた起きている理由を告げると、シリウスは苦笑しながら俺もだ、と短く言った。シリウスでも眠れないときなんてあるんだ、と小さく呟くと俺も人間だ、なんてちょっと呆れた声が返ってくる。それもそうかと思いなおして、ひっそりとため息を零した。窓の外にあふれている星のせいか、なんとなくセンチメンタルな気分だ。

「なんかあったのか」
「……いや、ただ、なんとなく感傷的な気分ってだけ」

気にしてくれているのが嬉しいような、お節介のような、でもやっぱり嬉しいのだろう。悪戯ばっかりやっててもシリウス・ブラックというひとりの人間は、わたしのなかで大きな存在である。なんだかんだ言ってシリウスのことは結構好きだ。それは恋愛のような意味ではなさそうだが、しかしそれみたいで、区別がつけづらい中途半端なふわふわした気持ち。

「……好き、なのかもね」
「は?なにがだよ」
「シリウスのこと」

ぽす、と背もたれに身体を預けた。隣にいるシリウスの表情は見えないけれど、雰囲気が変わった様子は特にない。ああ、シリウスにとってのわたしってそんなものだよね、となんとなしに漠然と思った。自惚れかもしれないけれど、わたしはシリウスと仲がいいほうだと思う。もちろんジェームズ達ほどではないけれど、女子のなかではリリーに次いで仲良くしてもらっているはずだ。けれどシリウスにとってのわたしはただの女友達で、好きなひとではない。それを思うと、悲しくはないけれど寂しさがこみ上げてきた。失恋、なのかなぁ。

最近ちょっと忙しくて、わたしの周りの世界にわたし自身がついていけてないように感じる。来年はもう7年生でみんな将来のこととか考えてるのに、わたしはなにも考えてなかった。考えていない、というよりも考えられないといったような、わたし自身の将来が全く想像できないような、そんな空虚感。どこか、焦っているのかもしれない。

「……ごめん。ちょっといい加減な気持ちで言っちゃったかもしれない」
「はぁ?」
「さっきの。……最近ちょっと、苦しいから。誰か、支えてもらうひとが欲しいんだ、たぶん」
「……彼氏ってことか?」
「そんなかんじ」

ソファーの上で体育座りをして膝に顔をうずめた。 ふわふわと漂ってはっきりと定まっていない気持ちのまま口に出してしまったことを今になってから後悔する。シリウスに失礼なことしちゃったかもしれない、と思いながら顔をゆっくりとあげた。憎たらしいくらい、星がきれいに煌めいているのが見える。

「……あんま、思いつめんなよ」

ソファーが小さく軋む音と重なってシリウスの声が聞こえる。どう返していいのか分からなくて無言でいると、くしゃくしゃと頭をなでられた。その動作がなんとなく愛しくて、胸が詰まる。

「……シリウスのこと好きなのは、嘘じゃないんだよ」

コツコツと聞こえる足音の中に零すようにそう呟くと、一瞬足音が止まってから再び歩き出す音が聞こえる。しばらくしてから、「知ってる」という声が足音にまぎれて聞こえたような気がした。



リトルスター



091101(たまに、すごく感傷的になるときがあるよねっていう話。わたしだけだったりするのだろうか。唐突に誰かにすごく甘やかしてもらいたくなるときってありますよね)