、ちょっとあなた顔色悪いわよ」
「えぇ、そんなことないよー」

平気へーき、とリリーの言葉を軽く流しながら昼食をとるために大広間へと向かう。リリーの疑わしいような視線が隣から感じたが、知らないふりをしてそれをかわした。

なんとなく自分でも体調が良くないということには気づいていた。最近はどの教科も課題が多く、しかも私は英語の勉強も同時進行で行っているので夜12時を過ぎてから寝るという日々が続いている。たぶん疲れが溜まっているのだろう。私は昔から疲れが溜まった状態が長期間続くと発熱するという厄介な体質で、身体が弱いとかそういうわけではないが、疲れに身体が追いつかないらしい。リリーと仲良くなったのは3年生になってからだからこのことを知らないのは当たり前だが、最近私の体調を気遣う言葉を一日に2回は聞いている気がする。リリーも鋭いところあるからなぁと思いながら大広間の扉をくぐった。

いつもの定位置には6年生の先輩が座っていたので、そこから少し離れている場所に腰を下ろす。朝食の時にとっておいたバゲットに付け合わせの野菜をのせてオープンサンドにして口に運んだ。ホグワーツでは昼食にはパンなどの主食がないので、朝食のパンを昼食のために取っておくのは私の入学当初からの習慣である。相変わらず英国らしいこってりした食事に慣れない生粋の日本人である私は、隣のリリーのような一般的な食事方法には無理があった。2つ目のバゲットにはレタスと薄く切られている肉をのせてかぶりつき、朝食のような昼食をとるのはホグワーツ内でも私だけだろうと、今まで何度も思ったことを再び思う。全て食べ終わってから手と制服についたパンくずを軽くはらい、まだ食事中であるリリーを向いた。

「ごめんリリー、ちょっと用事あるから先行ってもいい?」
「……いいけど、なに?」
「んん、ないしょ」

怪訝そうに眉を寄せたリリーをそのままに、つかまらないうちにと早々にその場から離れた。大広間の扉に向かいながら、周りから不自然に思われないような仕草で額に触れる。朝より高くなった体温にやっぱり、と小さくため息をついた。熱上がってる。

こっそり医務室に行って薬をもらってこようと扉をぬけてしばらく歩いたところで、自分と同じ髪色を見つけてぎくりと立ち止まった。黒い瞳とレイブンクローのネクタイがちらりと見えて誰なのかは一目瞭然、兄のサクである。今発熱していることが見破られる可能性があるので、早くこの場から逃げなくてはと思って踵を返そうとするが、それよりも兄が私を見つけるほうが早かった。「!」と私の名前を呼ぶ兄の声が聞こえて、もう逃げられないと肩を落とす。あの兄に見つかって逃げられるとは最早考えてはいなかった。

「早いな、もう食べ終わったのか?」
「あー、まぁね。このあとちょっと、用事あるから」
「用事?」
「そう。じゃ、急いでるから……」

別れの言葉を切り出して隣をすり抜けようとすると、ちょっとまて、と腕を掴まれて引きとめられた。早くこの場から去りたかったので腕を離してもらおうと腕を振るが、がっしりと掴まれたままで兄の手は微動だにしなかった。セーターの上から掴まれているので痛くはないが締め付けられる感じがする。

「俺に隠そうなんていい度胸だな、
「ぅへ?」
「なに熱出してんだよばーか」
「うぎゃ!な、なんで!」

うりうりと頭を押されて前かがみになりながら兄にそう問うと、ひんやりとした手が額に触れるのと同時に当たり前だろ、という言葉が返ってくる。

「気づくっつーの、馬鹿妹。んー、8度はないな」
「な、なんで分かるのさ!」
「勘。あ、ちょっとそこのシリウス!」

同じ寮の同級生の名前に反応して兄の視線の先を辿ると、そこには角を曲がってきたばかりのシリウスがいた。英国からは遠く離れた日本で生活していたため私もよくは知らないのだが、かの有名らしいブラック家の御曹司であるシリウスも、兄にしてみれば「ちょっとそこのシリウス」のようだ。そして怪しげな視線をひとつ寄越してからこっちに向かって歩いてくるシリウスに私はぎょっとした。えええ私あんまりシリウスと仲良くないのに。

「昼終わったんだろ?悪いけどうちの馬鹿妹、医務室まで送ってやってくれる?」
「え。いいですけど……がどうかしたんですか」
「いや、ちょっと熱あるっぽいから。俺はちょっとダンブルドアに呼ばれててさ」
「ちょっと、私の意見は!」
「病人の意見は無視ー。というわけでシリウス、を頼むね」

トンと軽く肩を押されて後ろにたたらを踏めば、すぐそばまでやって来ていたシリウスに受け止められる。兄はといえばお役目終了と言わんばかりに笑いながら踵を返した。「自分勝手にすな!」と祖国の言葉で兄の後姿に叫んでやると、ひらひらと余裕をかましたように手を振られて何となく悔しい。

兄が私のことをちゃんと心配していることも、適当にシリウスに役目を押し付けたのではなくて兄自身にも予定があってやむをえないこともなんとなく分かっている。あんなふうにちゃらちゃらしているが本当はずごいひとだということも、不本意だが兄は間違っていないということも知っている。そしてあんな兄が私はすきだということも知っている。もちろん恋愛の意味ではなく、家族として。だからこそ悔しい。なんであんな兄なのにすきなんだろう。

、大丈夫か?」
「あー……引きとめてごめん、シリウスも用事あるのに……お兄ちゃんの言うことはほっといてくれていいよ。私自分で医務室行くし」
「いや、頼まれたからにはちゃんと連れてく」
「……迷惑じゃない?」
「全然」

じゃあ、とお言葉に甘えてシリウスと一緒に医務室へのみちを辿った。いろいろと有名なのでどういうひとなのかはなんとなく知っているけれど、ちゃんと会話するのはこれが初めてかもしれない。シリウスもタイミングが悪いばっかりに、となんとなく彼を哀れに思った。兄の頼みを断ったならばどうなるかは分からないが、めんどくさいことになることは間違いない。これは妹として断言できる。ごめんねシリウス、今度お礼するから。



熱と劣等感




100302(お兄さんを出したかったがゆえのおはなし。出しゃばってます。すごく頭良くて悪戯仕掛け人以上に悪知恵が働くひと。そして何に対しても間違っていないひと。彼が見方なら百人力。という感じでとりあえず天才ですごいひとです。名前はサク(咲矩)で、名前変換不可です)