こっそりと小さく折りたたまれた羊皮紙を握らされたのは今日の授業が終わって教室を出た直後だった。友人の授業の不満に苦笑しながら歩いていると、そっと掌に滑り込ませるかのようにいつのまにか羊皮紙が握らされていた。その違和感に気づいて足を止めたけれど、授業が終わった直後でいろんなひとが行ったり来たりしていて誰なのか分からなかったのだ。しかし「今夜2時に談話室にいる」と書かれたそれはたしかに見慣れたシリウスの字で、しかしシリウスは今日は一日中授業をさぼっていてこの授業にも顔を出していないはずだった。誰が渡したのかは分からないが、一体なんのようなのだろうか。今日一日中さぼっていたひとが。

夕方に渡されたそれは何度も開いてたり見たりを繰り返していたので少しよれっとしていたが、最後にと思ってもう一度たった一行の文を心の中で音読した。「今夜2時に談話室にいる」。「来い」と命令するわけでもなく「来てくれ」と頼むわけでもなくただ俺はいる、という文章に彼らしくなさを感じつつ、その羊皮紙をはじめと同じように折りたたんで棚にしまった。友人たちがみんな寝静まっているのを確認してから、そっと部屋を抜け出す。時刻は約束の時間をちょっと過ぎた午前2時8分。こつん、と靴の音が響くのにちょっとびくびくしながら談話室までの階段をひとつずつ降りた。ちょっとスリルがあってどきどきするかも。このスリルに目覚めてしまったらどうしよう、と心配やら考えごとやらをしていたらいつのまにか談話室についた。

「……シリウス?」

声をかけるとびくりと動く黒い影があった。暖炉のすぐそばのソファー。シリウスのお気に入りの席だ。なるべく足音をたてないようにしてそっと近付くと、シリウスは腕をひざについて掌で顔を覆っていた。なにがあったんだろう。「シリウス、」ともう一度ためらうように声をかけるとゆっくりとシリウスは顔をあげた。瞬間、気づかれないようにして息をのむ。けれど驚いたことは隠せなかった。彼の瞳に驚いた顔のわたしが映る。

「……、」

どこかすがるようにして、シリウスはわたしを引き寄せた。そしてそのまま抱きしめる。いつもみたいに優しくてあたたかいものではなく、少し痛いくらい強くて一生懸命なものだった。シリウスはソファーに座っててわたしは立ったままだからなのだが、胸のあたりに顔をうずめられているような気がしてちょっと猥褻行為ではないのかと思う。しかし今はそんなこと気にしていられる場合じゃなかった。シリウスがおかしい。本当にどうしたんだろう、一体彼になにがあったのか。

「……なにがあったのか、聞いてもいい?」

そう静かに聞くと、ふるふると横に触れる頭が見えた。言いたくないってことか、と口を引き結ぶ。彼の親友であるジェームズやピーター、リーマスはどうしたんだろう、と考えたところで今日リーマスを見かけていないことに気づいた。ジェームズやピーターは授業に出席していたがリーマスはお休み、ちなみにシリウスはさぼり。今日はジェームズもピーターもおとなしかったので、こりゃ悪戯仕掛け人のなかでなにかあったな、と息を吐く。シリウスもなにも言いたくないようだし、仲間内でなにかあったのならわたしはなにも口出しできないじゃないか。

胸元にかかるしっとりとしたシリウスの息がこそばくて、ときおり触れる唇にどきどきした。首元のさらさらの髪をなでるように梳く。いつもはわたしがやられているけれど形勢逆転だ。羨ましいようなさらさらすぎる髪はひっかからずにすうっと指を通っていった。なんのシャンプー使えばこんなにさらさらになるんだろう。生まれつきなのだろうか。

いつもは強気なのに弱気になっているシリウスがいとおしく感じて、わたしもソファーに座ってからシリウスの背中に強く手をまわした。そのままあやすように後頭部を叩いたり背中をなでたりしていると、そのうち「悪い」という短い声が聞こえる。こんなに弱っているときにさえ謝るなんて、と苦笑しながら気にしないでと小さく背中をたたいた。よしよしと頭をなでる。今日はいっぱいわたしに甘えていいからね。



Be back to usual you




091215(甘えたでひしょげてるシリウスはかわいいとおもう…。「Be back to usual you」は「いつものあなたに戻って」という意味…だと思い、ます…)