はぁ、とかすかなため息が聞こえた。いつもなら聞き逃してしまうような小さなちいさなため息。もし隣にいるのがリリーだったらそれとなく何があったかを聞いて相談に乗り始めるのだが、しかし今は隣にいる相手を睨みつけた。

「ちょっとシリウス、ため息つきたいのはこっちなんですけどっ!」
「なんでだよ」
「な、なんでだと……?!普段大人しく慎ましやかに学校生活を送っていた私が、そんな私が!」
「あのな、静かに――」
「そんな私が!――なんであんたたちの悪戯の責任負わされてシリウスと罰則受けなくちゃいけないわけ?!」

罰則を始めてかれこれ1時間、今まで黙ってため込んでいたモノを吐き出すようにしてシリウスに怒鳴るようにして言った。普段物静かな私が激昂して怒鳴り散らすのを見て、シリウスは驚いたのかぽかんと呆けたように私を見ている。そのあと続く沈黙に耐えきれなくなって、やるせなさに滲んできた涙を拭ってからかすみ草を手に取った。なんで私はシリウスなんかと罰則をしているんだろう。馬鹿らしくなってきたが今更投げ出すこともできなかった。

事の発端は、かの有名である悪戯仕掛け人たちのフィルチへの悪戯である。たまたまその悪戯の現場に居合わせた私がなぜか責任を負わさせてしまいフィルチに連行されていたら、ふらっとどこからかシリウスが現れて、それで私は解放されるのかと思いきやカンカンなフィルチはそんなに甘くはなく。シリウスと2人で意味も分からない説教をフィルチから延々とされたかと思いきや、マクゴガナル先生にそのまま罰則を言い渡された。何に使うかは知らないが、花束をひとつひとつ魔法を使わずに作ってそれに魔法をかけるという、単調で時間がかかることこの上ない作業。

私は罰則とはいえど楽しみながら花束を作っていたら、例のシリウスのため息である。いったい何なんだ。迷惑してるのはこっちなのに。いや、花束作りは楽しいし迷惑ってほどではないけれどやっぱりやるせなくて悔しくて、ぐしぐしと涙ぐみながら作業を続ける。せっかく楽しくやっていた花束作りも今では憂鬱だ。シリウスの馬鹿。





!」
「……なに」

木曜日の最後の授業が終わって教室から出て行こうとしたとき、名前を呼ばれて一瞬立ち止まる。私の名を呼んだ主は誰なのか分かっていたので振り向きたくはなかったが、それは人間としてなにかが損なわれる気がしたので嫌々ながらも振り返った。私の名を呼んだジェームズは駆け足で私のそばまで来ると、ちょっと気まずそうな顔をしてから小さく頭を下げた。

「昨日は、ごめん」

おそらくこういう行動をとるだろうとは思っていた。もう終わったことだし今更昨日のことはどうにもできないから、突っぱねようとは思ってない。でも、私だって怒ってないわけじゃない。

「昨日のこと、本当にごめん。みんな反省してるし、悪かったって思ってる」
「……べつに、もういいよ。怒ってるけど」
「……怒ってるんだ」
「寡黙な私でも怒ります」

意外そうなジェームズの声にかみつくようにして反論すると、ジェームズは小さな乾いた笑いを零した。こういうときの彼は嫌味っぽくなくて憎めない。そしてジェームズは「それと、」とすまなそうに告げた。

「シリウスから伝言。悪かった、って」
「……なに、それ」
「さぁ?昨日何かあったんじゃないかと僕は思ってたんだけど。……何かあったでしょ?」

あったよ。しかし素直にそう口に出せずにいるとジェームズはそんな私の反応から何かを掴んだようで、「相当参ってたみたいだから、許してやって」とだけ言うと彼は去ってしまった。

参っていた、とか、そんな。シリウスと出会って今年で3年目に突入したわけだが、私の知っているシリウスはそんなことで弱ったりはしないひとだ。第一もしそうなっていたとしても、彼をそうさせた原因はめぐりめぐって彼自身にある。そう、だから私は悪くない。全てシリウスが悪い。私をこんなに憂鬱にさせるのもシリウスが弱るのも全て私のせいじゃない。でも。

「……なんか、やだなぁ……」

私は悪くない、全部シリウスが悪くて、シリウスが謝るのは当然なことなのに。モヤモヤとしている濁った気持ちがどこかにあった。それを素直に受け止められない自分がいる。もうなにがなんだか分からなくて、滲んできた涙を追い払うように上を向いた。これくらいのことで泣いちゃだめだ、泣いちゃ。

自分のことも、シリウスのことも、もうわけが分からない。なにがどうなっているんだ。シリウスが謝るのは当然で、でも謝られたら嫌な気持ちになった。なんでだよ。そう思うと、やっぱり泣きそうになった。





見つけられない星がある




100208(なんでか分からないけど、っていうのは嫌いじゃないです)