(うわ……っとぉ、……ゆ、揺れる、)

人気のない廊下を歩いていたら、急にぐらりと身体が前のめりになった。自分でも何が起こっているのか分からず、無意識に教科書を手から離して倒れる身体を支えるようにして反射で床に手をつく。しかし手だけではこらえきれなかったようで上半身も床に倒れ、手や額や頬にひんやりとした床の冷たさが伝わってきてから今の状況がなんとなく理解できた。このかんじは、貧血だ。

なんとか力を入れて上半身だけ起き上がらせ、ぺたりと廊下に座りこむ。さすがに立ち上がるまでの気力はまだ戻っていなかった。久しぶりに起こる貧血に驚きつつ、ぐらぐらと不気味に揺れる視界にこめかみを押さえた。早くおさまれ、と念じるようにしてそのままじっとしておると、揺れがおさまると同時に身体がどんどん冷えていくのが分かる。まだ春先で朝方は5度とないこの季節、昼間だといえど人気のない廊下にずっと座り込んでいれば当たり前だ。しかも今は雨も降っており、いつもよりもなおさら廊下が冷えている。

「ゆ、ゆれ、る……」

揺れは小さくなったがなかなかおさまらず、早くおさまってほしいとぽそっと口に出した。このような場面を誰かに目撃されても困るので、人気のない廊下を歩いていてよかったと思う反面、最近貧血を起こすようなことをしたのだろうかと思考を巡らせる。もともと貧血体質だったがホグワーツに来てからはほとんどなったことがなく、昔は頻繁になっていた貧血も久しぶりである。まだ揺れる視界のままそんなことを考えていた、まさにそのとき。

「ど、どうしたの?!」

誰かの声がして、それはわたしに向けられているのだと簡単に理解できた。まだゆらゆらと揺れる視界を持ち上げると、やはり誰かがこっちへと駆け寄ってきているのが見えた。更にその後ろにもうひとり、しかしこちらはのんびりとやってきている。心配させたかと思ってぺたりと座りこんだままの身体を持ち上げようと手に力を入れるが、それはむしろ逆効果だったようでまだ揺れている視界ではうまく起き上がることができず、へたりと横へ倒れそうになったのを駆け寄ってきたひとに助けられてなんとか倒れることは回避できた。

「な、なにがあったの?……あれ、?」
「……あ、ルーピン……」

どうやら駆け寄ってきて助けてくれたのは同じくグリフィンドール4年生のルーピンだったようで、息を切らしているのをみると急いで走ってきてくれたようだった。ちょっと申し訳ないと思っていると、ルーピンの後ろからルーピンの友人のブラックが「どうしたんだ?」と呑気に聞いてくる。

「大丈夫?……倒れてたよね?過労……とか?」
「……貧血、かな」

やっと揺れがなくなった視界で上を仰ぐと、しゃがみこんでいるルーピンとわたしが落とした教科書を拾ってくれているブラックが見えた。ルーピンに「立てる?」と聞かれて首を縦に振り、自分の力で立ち上がるとまだ多少揺れるが、それほど苦にならない程度なのでおそらく平気だろう。床に座り込んでしまったのでぱんぱんとスカートやセーターなどの埃を払うと、ブラックに教科書を返してもらおうかと「ありがとう」と言って手を差し出すがブラックはなぜか教科書持ったままでわたしの手へと戻そうとはしなかった。な、なぜ?と思っているとルーピンが小さく息を吐いたのが聞こえ、ブラックに「口で言わなくちゃ分からないよ、」と言う。

「まだ揺れるんじゃない?医務室行くよ」
「え、で、でも、平気……」
「どこがだよ馬鹿」
「こら、シリウス!……僕もシリウスも、心配してるんだよ。貧血で倒れるなんて普通じゃないからね」

いいのにと渋ったが、半ば無理やりルーピンに手をひかれるようにして医務室へと連れて行かれた。やはり医務室へとむかっているときにも時たまぐらりと視界が揺れ、今回の貧血はすごかったな、と冷静に自己判断してしまう。

「……貧血、しょっちゅうなるのか?」
「あ、ええと、そうでもないんだけど。久しぶりで……ちょっと、自分でも驚いた」

ふうん、とブラックの相槌を打つ声が隣から聞こえ、ふと思い返してみればルーピンやブラックとちゃんと会話したのは初めてかもしれないと思う。ホグワーツに来て4年目、すなわち彼らと共に過ごして4年が経つのだが、これといった関わりはなくあいさつ程度しかしていなかったなあと思うと今の状況が結構とんでもないものに思えてきた。

女子からの人気では片手に入るほどモテていてかっこいいと評判のシリウス・ブラック、そしてブラックほどではないがこちらも穏やかで聡明なところが素敵だといわれるリーマス・ルーピン。まったく平々凡々なわたしがまさかこの2人と会話をする、ましてや2人に連れられて医務室へ向かうなんて現実ではありえなさそうな、しかももしこれを誰かに見られたらあとで女子の反感をすごく買いそうな状況になっていたとは。

まったく人生なにがあるか分からないなと思っていると、医務室についたようでまずルーピンがドアを開け、そして「先生ー」と医務室に小さく呼びかける。そしてひょこっと顔を出したマダム・ポンフリーを見つけると、わたしのことを説明して、2人は隣の部屋へと追い込まれた。わたしの診察をするためだと分かってはいるが、やはりちょっと申し訳ない。しかしだからといって医務室のこの部屋にいられても困るのだが。

「ただの貧血ですか?倒れてたってききましたが」
「……ちょっとすごかったですが、ただの貧血です」

貧血で倒れて医務室に連れられるというものはなかなかないのか、マダム・ポンフリーは首をひねりつつわたしの心拍数や身体のあちこちを触るとしばらくベットで寝てなさい、とだけ言い残して行ってしまった。ただの貧血なのでどうしようもないしなあ、なんて思いながら乱れたシャツを直していると、急にしゃっと白いカーテンが開けられる。ふいと前を向くと、そこにいたのはやはりブラックだった。

「……マズかった、か?」
「え?……あ、いや、べつに、これくらい」

シャツを直していたときにカーテンを開けてしまってマズかったか、と聞いてきたブラックに別に大したことないと伝える。どうせシャツの下にもいろいろ着てるしわたしのシャツ姿見たってどうでもないだろうに。しかしそうではなかったようで、ブラックは少しあわてた様子で目線をずらした。意外とこのひとも純情で無垢なんだろうか、なんて思っているとルーピンが顔を出す。

「わ、ご、ごめん、!シリウス、なにしてんの!」
「あわわ、ルーピン、べつに構わないってわたしが言ったんだよ」

同じくルーピンもわたしのシャツ姿見たってどうでもないだろうに、けれど彼はブラックよりも無垢なのかあらかさまにあわてるようにした行動をみせる。いいの、と目線で聞いてきたルーピンに小さく苦笑して頷くと、ルーピンも静かになってわたしがセーターを頭からかぶるのを見ていた。……セーターを着るのになんで見られるんだろうと思いながらすぽりとセーターから頭を突き出す。

「しばらく寝てなさいって。ただの貧血だから、心配ないよ。念のため、次の授業休むし……先生に言っといてくれる?」
「……分かった」

セーターに腕を通しながらそう言うと、ブラックは返事をしていままで持っていてくれた私の教科書やペンケースをそばの椅子の上においた。腕を通し終わってからネクタイを手に取るけれど、寝るからネクタイはしなくてもいいか、と思ってネクタイはベットの枕もとに置いておく。そのときブラックがルーピンにリーマス、と小さく声をかけてカーテンの外に出るよう促し、ブラックは一足先にカーテンから出て行った。

「……じゃあ、僕ら行くけど……お大事にね」

最後にルーピンはわたしにそう声をかけると、ブラックと同じように出ていく。その間際にありがとう、と返してしばらくしてから医務室のドアががちゃりと開いて、閉じる音がした。

靴を脱ぎながら、あのブラックとルーピンに介抱してもらっちゃった、と嬉しさがこみあげてくると同時に、誰にも見られていませんように、と心配する。ごそごそとベットに潜り込んで枕に頭を寝かせると、本当にすごいことしてもらっちゃったなあ、と苦笑のような笑みがこぼれた。



落ちるまでの

カウントダウン



がちゃ、と医務室のドアを閉めてから、2人同時に息を吐いた。そしてお互いが同じことをしたことにこれまたお互いが驚き、目線を交わす。

「……おいリーマス」
「……なんだいシリウス」
「……お前がいまなにを考えてるのか聞いてもいいか」
「……それはこっちも聞きたいけれど」

探るような目でシリウスを見るが、さすがというべきかなんというべきか、シリウスがなにを考えているかなんて僕には全く分からなかった。けれどシリウスはきっと僕の考えなんてお見通しなんだろうな、と思うとちょっとへこむ。

「僕はただ、が心配だなあって思って」
「……あ、……ああ、そう……」

僕は素直にシリウスに打ちあけると、それはシリウスの予想していたものとは違ったらしく落胆させてしまった。いったいなんて思ってたんだろう、と思うと同時にシリウスが歩きだしたので僕も遅れないようにシリウスの隣を歩く。シリウスはいまだに「そうか〜」とか「いやでも……」とか「まさかな、」とかひとりでぶつぶつ繰り返していて、いったいなにを考えているのか聞こうとしたまさにそのとき、シリウスは「俺はさあ」と小さく苦笑を浮かべながら切り出した。

「てっきり……」
「てっきり?」
「……リーマスが、のこと、好きなのかなあーって」
「……はあ?僕が、の、ことを?」

うん、と頷くシリウスに首をかしげる。どこでそんな誤解を生んだのだろうかと思い返しながら、ちがうよ、とシリウスに言った。

「たしかにほっとけない、っていう存在だけれど――……そう、なんか妹みたいな」
「い、いもうとぉ?」
「なんかね、そんなかんじ。……好き、という感情とは、少し違うかなあ」
「……まあ、分からんでもないけどな……」

きっとシリウスも同じような感情を抱いているんじゃないかと僕は思っている。東洋の血が混ざっているは他人に比べて一回り小柄で、どこか幼く見えがちなのでどうもそういった妹みたいな感情を僕は勝手に抱いていた。好き、というよりは見守ってあげるというか、気にかけてあげなくちゃ、という思いのほうが強い。シリウスは首を傾げたりして言いあぐねているようだったが、しまいにはそうだな、と僕の考えに納得してくれたようだ。

「けどまあ、普通に可愛いと思うけどね」
「そこらの女に比べればよっぽど」

だね、とシリウスと相槌を打ちながら、いまごろベットで横になっているのことを思う。――うん、妹。いまはそれが一番しっくりくるような気がした。




090327(リーマスとヒロインちゃんの恋じゃない恋(っていうとなんかへん…)です。恋だけれど、本人たちもまわりもそれが恋だとは気付いてないままみたいなかんじ。4年生というと14歳(あってる?)なんですが、日本でいくと14歳くらいではこんなもんですよね…!いちゃいちゃしているとは思えないんだ…!)