「あの、ブラック」 「……なんだよ」 「……あの、教科書落としたよ……」 そう言ってブラックに教科書を差し出した。まだ不服そうに眉をひそめている様子を見ると、落とされた教科書など見て見ぬふりした方がよかったのではないかと思う。やはりグリフィンドールのブラックにスリザリンの私が教科書を渡すなど、彼の矜持を傷つけてしまったのだろうか。レギュラスからの話だと彼は短気らしいので、早くこの場を去ろうかとブラックが教科書を受け取るのを感じるとすぐさまその場を離れた。 今回初めてブラックの顔をまっすぐ見たのだが、やはり兄弟とだけあってレギュラスと似ていた。今までのように遠くから見ていたのでは気づかなかった、端整な顔立ち。瞳は深い灰色で、羨ましいほどさらさらな黒髪。レギュラスより彼のほうが堂々としているが、笑った顔はレギュラスのほうが優しいだろう。家系はスリザリンで、兄のブラックはグリフィンドール、弟のレギュラスはスリザリン。きっと兄弟間でいろいろあったんだろうなあと思う。 それでも「兄さんはいいひとだよ」とレギュラスが笑って言うのを私は知っているので、私はブラックをグリフィンドールだからと悪く思ったりはしなかった。 けれど今回のことで分かったが、それは私だけの思惑だったらしい。しかし、それもそうだ。私はレギュラスからブラックのことをよく聞くが、レギュラスがブラックに私について話すことはないのだろう。 グリフィンドールだから仲良く出来ない、スリザリンだから仲良く出来ないというのも分からないわけではないが、みんなもうすこし大人になろうよ、と思わずにはいられなかった。だからと言って私も大人びているわけではないのだが、単純に、もっとグリフィンドールのひとたちとも仲良くなりたいなあと思う。 「あ、レギュラス!」 「?……どうしたの」 談話室に続く廊下を早歩きで進んでいると、前方にレギュラスを見かけたので声をかける。レギュラスは私に気づくと立ち止り、私が追いつくまで待ってくれていた。2つ年下のレギュラスだが、年下とは思わせない知識と品格があったので私はまるで同級生のように思って接している。レギュラスもそれを嫌だとは思っていないようだし、私がブラック家だから近付いているわけではない、ということに気づくとレギュラスも心を開いてくれた。薄く笑顔を浮かべているレギュラスと視線を交わす。まだぎりぎり追い抜かれていない身長差のせいで少しだけ見下ろす形になるが、あと半年もすれば私が見上げるんだろうなぁと思うとちょっと寂しい。 「今さっき、君のお兄さんが落とした教科書を届けに行ったんだ」 「あー……大丈夫だった?」 「うん、睨まれちゃったけどね」 談話室へと向かいながら話を切り出すと、レギュラスは苦笑いしながら返事をしてくれた。先ほども言ったが、ブラックがレギュラスのことをどう思っているかはまぁ置いといて、レギュラスはブラックのことを嫌いなわけではない。今回ブラックと直面してみて、イメージが実体化したような感じがした。レギュラスの言った通りの人ではなさそうだったが、レギュラスに見せる兄としてのブラックと、私に見せるスリザリンの同級生としてのブラックはまったくもって違うのだろう。ブラックとは進んで分かりたいとは思わないが、いつか分かりあえることができたらいいなぁと思う。 「……兄さんのこと、できたら嫌わないでくれると嬉しいんだけど」 「私は別にいいけど、他のスリザリン生にそんなこと言っちゃいじめられちゃうよ。……レギュラスってば相当なお兄ちゃんっ子だったりする?」 「…………そう、かも。あんまり認めたくないけどね。あと、こんなことはにしか言わないって」 「うん、まぁ私はお母さんがスリザリンでお父さんがグリフィンドールだし……仲良くしても別に親からはなにもないんだけどね」 「うーん……それ以前に、なんか……性格的に?兄さんと合うと思うよ、は」 「……それは私のことをけなしてるのかい?」 「誉めてるんだよ」 |
「あの、ブラック」 ホグワーツでブラックと呼ばれる可能性があるのは2人しかいない。俺、シリウス・ブラックと2つ年下のレギュラス・ブラックである。しかし似ているとは言われても、レギュラスと間違われたことは一度もない。なので、気兼ねなく振りむいたときには、俺に声をかけた相手はスリザリンのネクタイをしていたのでレギュラスの間違いじゃないのかと思って眉を潜めた。スリザリンに良い奴など、いないのだ。 「……なんだよ」 「……あの、教科書落としたよ……」 教科書を差し出されながらそう言われて、初めて手に持っている教科書が一冊少ないことに気づいた。しかしそれをスリザリンのやつに拾われるなんて、と眉根を寄せながら教科書を受け取る。その際初めて相手の顔を見て、あ、と相手にも聞こえなかったであろうかすかな声を漏らした。 同級生の・。正面から顔を見たのは初めてだったが遠目からなら今までに何度も見たことがある。確か母親がスリザリンで父親がグリフィンドール、そしてその娘であるはスリザリン。彼女の実家である家は様々な寮の人間を輩出している不思議な家だと聞いて、少しだけ興味を持っていた。東洋の一族なのでだからだろう、初めて見る色素の濃い髪と瞳に驚く。しかしは俺が教科書を受け取るとすぐに俺の背中をすり抜けるようにして行ってしまった。名残惜しいとかそういうわけではなく、ただ珍しいものに心惹かれたような、そんな感覚。 けれどはっとして思う。はスリザリンだ。狡猾で残酷な、俺の大嫌いな蛇の寮。まるで戒めのように、はスリザリンなんだ、と心の中で繰り返した。はスリザリンで、グリフィンドールである俺とは相反する存在。惹かれてはいけない、魅せられてもいけない、自分がなぜグリフィンドールに来たのか考えろ。そう強く思ってから、やっとのことで足を踏み出した。今まであった雑念を追い払うように小さく頭を振る。 それでも、心残りなどないというのに、なぜか廊下の角を曲がる前に背後を振り返ってしまった。 100405(恋じゃなくて、ただなんか、あ、って思う存在。お互いに、不思議な空気を持っている人だなぁとか思ってる、かな) |