「あっ……、あぁーっ!!」 「ばっ……か、!なにしてんのよ!」 じょり、という音と共にはらりと落ちたのは私の髪の毛。趣味である調合に使用する木材を薄く削っていたはずなのだが、どうやら手元が狂ってしまったようだ。長い髪を束ねずに作業していた自分も悪いのだが、そこそこ長かった髪を思いっきり切ってしまったことにショックを受けつつ、私のそんな様子を見て愕然とするリリーに苦渋の表情を向ける。 「ど、どうしよー、リリー」 「どうするもこうするも……あーあ、随分切っちゃったわね。これはもう揃えるしかないんじゃない?」 「揃えるって……こんなに?」 「自業自得でしょ。ほら、やってあげるからカット用のハサミ貸して」 「やだなぁ……ホグワーツに来てから、一度も髪短くしたことなかったのに。みんなに馬鹿にされる」 「腰まであるのはいくらなんでも長すぎでしょ、いい機会じゃない。ちょっと動かないで、不揃いになるわよ」 「うわぁぁん私のバカー!」 じょきん、という音がやけに大きく耳に響く。さようなら私の髪の毛。 腰まであった髪をばっさりと、肩くらいの長さまで切った。ホグワーツに来てからはずっと長かったので、こんなに短くするのは何年ぶりだろうか。こんなに短いと髪を結う必要はなく、ふわふわと揺れる髪の毛がどこかよそばゆい。余分な顔の横の髪を耳にかけるがそれはすぐに落ちてきて、それに苦戦しているとリリーがシンプルなシルバーのピンを貸してくれた。 髪の長さが変わるだけで大分印象も違うわね、と言ったのはリリーである。それは昨夜手鏡で自分の髪を見たときに、そして今朝制服姿を全身鏡で確認したときに私も思ったことだ。たまにポニーテールやツインテールにすることもあったけれど、今まで大抵は腰まであった髪をうなじの後ろで結っていた。それが今となっては肩のあたりまでの髪に何も手を加えずただ流しているだけ。なんだか前より子供っぽくなったように思うのは気のせいだろうか。 「スカート、もうちょっと短くしてもいいんじゃない?」 「そう?」 「前は後ろの髪が長かったからそうでもなかったけど、今はもうちょっと短い方が可愛いわよ」 「……別に私はお洒落をしたいわけでも、可愛くなりたいわけでもないんだけど」 「そんなこと言わないで、ちゃちゃっと折っちゃいなさい。元々スカートも長すぎるのよ、は」 「みんなが短すぎるんですー」 そう言いながらプリーツのスカートをいつもより一回分だけ多く折る。リリーはイマドキっぽいおしゃれさんだから、彼女のアドバイスに間違いはないだろうという確信はあった。リリーはいつも私のスカート丈を長い長いというけれど、膝は隠れていないしこれでも自分なりに短くしていたつもりだったのだが。いつもより一回分多く折っただけなのにやけに短いように感じて、全身鏡の前で後ろを向いたり横を向いたりしながら大丈夫だろうかとそわそわ動き回っていると、どうせ下にタイツはいてるからいいじゃないとブラシで髪を梳いているリリーに言われた。 「いや、パンツの問題じゃなくて」 「じゃあ何の問題があるっていうのよ」 「……心の問題?」 「はいはい、さっさと準備すませて談話室行くわよ。ジェームズやシリウスをあんまり待たせるのも悪いし」 「リリーってばいけず!」 リリーは私のスカートの丈などどうでもいいというようにさっさと自分の準備に取り掛かったようで、私も溜息をひとつ吐いてから全身鏡から離れて準備を始めた。胸元にネクタイ代わりのリボンを結んで、鞄に今日必要なものを詰め込んでからばさりとローブを羽織る。ちょうど同時刻にリリーも準備が済んだようで、鞄を肩に掛けるとリリーの後に続いて部屋を出た。 「……髪、みんなに何か言われるかな。やっぱり」 「そりゃ言われるでしょう、急にこんなに短くしたんだし」 「あーあ、面倒だなぁ」 「しかもその理由が、すっごくアホらしいときたわ」 「うぐ、言い返す言葉がない……!もう笑われる覚悟は出来ている!」 「要らない覚悟ね」 いや、きっとこの覚悟は必要なんだよ!そうリリーに切々と説くがリリーは私の言葉に適当に相槌を打つだけで、そのうち自分でばかばかしくなってきて口をつぐんだ。タンタンと階段を下りる音が響くたびに肩で揺れる髪はやはり違和感があって、これは慣れるのにしばらくかかりそうだと小さく息を吐く。 そして談話室に着くと、いつもより少し時間が遅いせいか人数は少なく、そのためシリウスとジェームズを早々と見つけることが出来た。さて、なんと言われるだろうかと思いながらシリウスとジェームズの後姿に向かっておはよう、と挨拶をすると、案の定こちらを振り向いたふたりは一瞬出かかった挨拶を飲み込み、私の髪へと視線を向けながら驚愕の表情を見せてくれる。 「?!おまえ失恋でもしたのか?!」 「……自分の彼女に向かって何を言ってるか分かってる?シリウス」 あんたに振られた覚えもなければ振った覚えもありません、そう告げるとシリウスは慌てて先ほどの言葉を否定した。驚きのあまり、と弁解するシリウスの隣でジェームズはリリーに「の髪、どうしたの?」と引きつった表情で訊ねている。 「失恋ではないことは確かよ。真相は本人から聞くべきだわ」 「リリー、思いっきり私の事からかってるよね?」 「愛ゆえよ」 リリーの愛は分かりにくくて仕方がない。そう思いながら先ほどアホらしいとリリーに言われた事実をジェームズとシリウスに説明する。木材をナイフで削ってたら、手元が狂って自分の髪も切っちゃったから、揃えたの。そう言うや否や、ジェームズもシリウスも笑い出すものだから私は頬を膨らませてふたりをじとりと睨んだ。 「笑いごとじゃないんだけど?」 「ご、ごめん、いたっ、いたたた抓らないでくれよリリー!悪かったって君のを笑ったりしてごめんって!」 「は私のじゃなくてシリウスのだわ」 「リリー、問題はそこじゃないと思うんだけど」 そう口を挟むとリリーは私に向かってキセは黙ってなさい、という視線を向けられた。はい、すみません大人しくしています。リリーの気迫に負けて少し後ずさると、リリーはなぜか私とシリウスのことについてジェームズに語り始めた。えっと、なんでそういうことになるんだ。このカップルもたいそう変わったところがあるものだと思っていると、隣にシリウスがやってきて私の短くなった髪に触れる。 「結構思い切って切ったな」 「切らざるを得なかったの!」 「むくれないむくれない、髪が短いおまえも可愛いって」 そう言いながらシリウスは私の髪をひと房持ち上げ、そこに静かにキスを落とす。私はその行為に「ぎゃっ!」と全くもって可愛らしくなんてない声をあげるが、シリウスはそれを気にかけることなくゆっくりと私の髪から口唇を離した。 こういうふうに、急に気障なことをするのがどれほど私の心臓に悪いか、シリウスは分かっているに違いない。そういう確信犯なところがシリウスのたちが悪いところで、しかしそんなところに惹かれている自分もいるのだということには気付いていた。そしてシリウスはそれをも知っている。全て分かっていてやるのだ、この男は。なんていやな性格だろう。 「まだ慣れねぇのか?」 「な、慣れる慣れないの問題じゃない!第一、慣れてしまったらこまる!」 「何が困るってんだ。俺は大歓迎だけど」 「セクハラ!変態!サディスティック!」 「男の性だ」 「堂々と断言するな……!」 祖国の日本ではイギリスほどスキンシップが激しいわけでも、男性が女性に対して紳士的なわけでもない。今でこそ可愛くない声を漏らす程度だが、ホグワーツに入学したてのころはそれに困惑してばかりだった。今でもイギリス文化と祖国の文化との違いにカルチャーショックを受けることがあるというのに、1年生のころはそれが毎日あったため刺激に溢れていて、同時に新しい発見と戸惑いの連続であったことを思い出す。 いまだに慣れないその文化には、ときたまこうしてシリウスに遊ばれるたびにまごつくばかりであった。慣れたいと思う反面、純粋な心を第一とする祖国民としての矜持がそれをなかなか受け入れられない。それをシリウスにからかわれるのはもう何度目か分からないが、やはりそういった行いに慣れることはどうしてもできなかった。 「ま、そうやっていちいち照れるのも可愛いから、俺としちゃ結果オーライ」 「だ、だから、もう……!」 「その反応が可愛いって言ってんの、まだ分からないのか?」 シリウスの気障で恥ずかしい台詞に頬を染めつつ、それに言い返す言葉に詰まっていると、シリウスは自分の右手を私の左腕に伝わせてやがて私の指と彼のそれを絡まらせた。それと同時に一気に縮まる距離。シリウスが踏み出したのだと気付くと同時に、こめかみに落ちてくるのは彼の口唇。 「機嫌直したか?」 「も、もともと損ねてなどいません!」 「どーだか」 にやにやしているシリウスからぷいと視線を逸らすが、損ねてなどいないというように繋がれている手の力を少し強めると、それに気付いたシリウスは静かに微笑みを浮かべて彼の左手を私の短くなった髪へと滑らせた。肩先で少しはねている髪を撫で付けるように梳いているようで、ゆっくりと動くシリウスの手がちらちらと視界に映る。 「……あの、おふたり?ラブラブするのは構わないんだけど、そろそろ大広間行かないと朝食食いっ逸れるよ?」 「え」 「あ」 「ジェームズ、バカップルは置いといて大広間行きましょ。もう見てられないわ。私まで食べ損ねるなんていやよ」 行きましょ、と誘っておきながらさっさと一人で談話室を出て行こうとするリリーはさすがと言うべきか。私は慌ててリリーを追いかけるジェームズを尻目に、シリウスと一瞬視線を合わせてどちらともなく指の絡みを解いた。とりあえずは朝食だと、音が鳴ってしまいそうな状態の胃も人間の本能を訴えてくる。そしてジェームズを追うように歩き出したシリウスの隣に並び、私もシリウスもひとまず大広間へと向かう廊下を進んだ。 「そういや、髪切っただけなのに随分印象変わったな」 「リリーにも言われた」 思い出したように切り出された会話に、ただえさえ童顔なのに更に子供っぽくなったでしょ、と返すとシリウスはいや、と小さく頭を振った。そして一度ちらりと私を見てから再びまっすぐ前へと視線を戻す。 「可愛くなった。他の男に取られないかもう心配で心配で」 「……そりゃ、どーも」 廊下の少し先で、ジェームズとリリーの「またやってる」「正真正銘のバカップルね」という言葉が聞こえた。それには言い返せそうにないと考えている自分はもはや末期なのだろうか。いやそれとも、こんなシリウスと付き合っている時点でもう終わっているのか。どちらにせよ、私はこんな気障で恥ずかしいことをさらりというシリウスと、そんな彼との時間が大好きなことに変わりはないのだけれども。 110519(シリウス短編久しぶりすぎる&糖度高くなりすぎで、もうなにがなんやら…!そして次の短編のときには元に戻っているであろうヒロインの髪…。そ、そんなもんだよドリームって!!) |