Bitter Love ソファーに座って日刊預言者新聞を読んでいたら、シリウスが隣の空いていたソファーにぼすりと腰掛けてきた。今は授業中だが、6年生である私たちは時間割の都合上この曜日のこの時間には授業が入っていない。そのため談話室に人はまばらで、私たちのようなこの時間帯に授業を取っていない高学年しかいなかった。 ちら、と私になにも話しかけてこないシリウスを伺うと、たいそう不機嫌そうな顔をしていた。このまま彼を無視して新聞を読み続けようかどうか迷ったが、意味もなくシリウスが私の隣に腰掛けてくるなんてことはないだろう。結局ばさりと新聞を下ろし、折り目の通りに畳むとそれをテーブルの上に置いた。一度腕を思いっきり伸ばして、凝った肩を揉み解すとぱたりと手をひざの上に落とす。シリウスから話しかけてくる気配はなかった。まったく、面倒なヤツである。 「さて、何の用?私になにかあるんでしょ」 ひざの上に頬杖をつきながらそう尋ねると、シリウスは表情の通りのむすっとした声で「……フラれた」と小声で呟いた。ほうほう、それを私にわざわざ報告しに来てくれたのか。して、私はなんと返せばよいのだ。とりあえず会話を続けようと、「えーと、」と言葉を探しながら口を開いた。 「お相手、クレアだっけ?レイブンクローの」 「それはいっこ前の彼女」 「えぇー……あ、ハッフルパフのレーリン?」 「誰だそれ?」 「……あんたが前から可愛い可愛い言ってる子だけど」 「知らねぇー」 「……あっそ。あほらしくなってきたわ」 髪を掻きながらそう返すと、シリウスの溜息が聞こえる。いや、溜息をつきたいのはこっちなんですけど。結局シリウスは私になにを言ってほしかったのか、それさえも分からないので私は再び日刊預言者新聞を手に取った。こんなくだらない会話をしているよりも新聞を読んでいるほうがよっぽど有意義な時間を過ごせる。 「慰めてくれねぇのか」 「は?シリウス、慰めてほしいの?」 「いや、全っ然」 「……意味分かんない。慰めてほしいなら、私じゃなくて新しい彼女作ってその子に言いなよ」 「じゃぁ、俺の彼女になってよ」 「……は?!なんでそうなる?!」 そんな軽い感情で告白されてもちっともドキッとしないよ、そう告げてから再び新聞へと視線を集中させた。 ホグワーツにいる以上生活を共にするわけだから、同じ学年、同じ寮ともなれば男女といえどそこそこ仲が良くなるのは当たり前だ。だからこそカップル誕生率は高くて、まぁ、その破局率も高いのだけれども。そんなふうに今まで6年間一緒に生活してきたのだ、私はシリウスの良いところは勿論のこと、悪いところも知っている。そしてそれと同等にきっとシリウスも私の事をそれなりに知っているに違いない。 私とシリウスはなかなか仲が良いと思っているので、お互いをなじることも頼ることも信頼することもできる。しかしだからこそカップルになるとかそういうことはありえないと思っていたし、男女間の友情で終わる仲であると、そう思っていたしそれで構わないとも思っていた。思っていた、のに。 「じゃあどうやって告白したらはドキッとするわけ?」 「……そんなに私を落としたいの?」 「さぁね」 「……薄っぺらい言葉じゃ意味がないよ。そこに愛がなくちゃね」 「愛があったらいいんだ?」 「かもね。でも、今のシリウスに言われてもドキッとしないのは確かかな」 「……そうか」 そう呟くとシリウスはそれっきり黙ってしまう。私は相変わらず日刊預言者新聞の文字と動く写真を目で追うが、思考はその文字を辿ってなどはいなかった。思わせぶりなことを言うシリウスが、悪いんだ。男女間の友情なんてものはないと、誰かが言っていたのを思い出す。その言葉は正しかったのかもしれないと思いながら、やはり集中することなんて出来ないと新聞をテーブルに放った。ふぅ、と息を吐きながら背もたれに身体を預ける。するとシリウスの疲れたような声が聞こえた。 「なぁ。俺が近年、思っていたことを言ってもいいか」 「どうぞ」 「俺やっぱ、のこと好きなんだわ」 「………………うわぁ」 「なんだその声は」 「えーっと。じゃあ聞くけど、今まで彼女をとっかえひっかえしていたのは?」 「……が俺のこと、ただの友達としか見ていないのがありありと分かっていたから」 「えー、えー……えぇー……」 「言っておくが、数年培った愛がそこにはある」 「お、重……」 数年培った愛だって?なんだそりゃ、私がシリウスに対する愛なんてこの数分しかないというのに。シリウスはくるりと顔だけ私のほうへと向けると、そっと手を伸ばしてきた。その手は私の頬に触れ、首に触れ、肩に触れ、そして再び頬へと戻る。されるがままになっていると、思いあぐねた様子のシリウスが「俺、よっぽどのこと好きらしい」と告げてきた。 「……数年の愛は重いなあ」 「分割してやるよ」 「そういう問題?私こそ数分の軽すぎる愛しかないけれど?」 「前払いでオーケーだ」 「……ちくしょー、ドキッとさせられちゃったわ」 そう呟いた途端、身体ごとこちらを向いたシリウスの影が身体全体に落とされる。近づいてくるシリウスの端正な顔に自然と瞼を閉じた。こんな男が相手でいいのか?そう自身に問うものの、既に時は遅し。もう前払いは始まっているのだと、そう言わんとばかりに何度も唇を合わせるシリウスから逃れられるはずもなく、私はただシリウスからの重すぎる愛を受け止めるしかなかった。結局のところ、私はシリウスの掌で転がされただけなのかもしれないと、そう思ったけれどもそれには気付かないふりをした。 110624(こういう始まりもアリでしょう、なお話。ちょっぴり大人でビターちっくな恋の始まりを書きたいなぁと思って。しかし……これはビターか?) |