人通りのない、静かでやや寒い廊下をひとりで歩く。自分の足音だけが不気味に響き、しかしそれも慣れたのか特になにも感じなかった。両手に抱えている箱を持ち直して、ひたすら廊下を歩き続ける。あんまり距離はないはずなのに、妙に長く感じた。 目指していた、とある一室の前に行くとコンコンと扉をノックする。返事がない。しかしそれを無視してドアノブをひねった。べつに返事がないのはいつものことなのだ。 「――スネイプ先生」 「……なんだ、お前か」 「なにを期待していたのかは知りませんが、私ですみませんね」 そう言いながらドアを閉める。 ドラコだと思っていたのだろうか、と考えながら箱を中央の机に置くと、ある事実を思い出してふっと頬を緩めた。そうだ、このひとはセブルス・スネイプ先生である。今から自分の部屋にやって来る者が誰だということを知らないなんてありえない。先生らしいと思いながら箱を開け始めると、珍しく先生のほうから声をかけてきた。 「……おまえの親は、また無茶ばっかりしてるのか」 「先生が頼んでるんじゃないですか。お客さんのためなら、私の親は無茶だってしますよ。……先生もよく分かっているはずです」 私の親はこっそりと、魔法薬の材料を扱うお店を営んでいる。なぜこっそりかというと、その材料の中には奇妙なものや違反すれすれのものもあるからであって。そしてどういう繋がりがあるのかは知らないが、私の親とスネイプ先生は知り合いらしく、私が入学してからここ3年間スネイプ先生にはご贔屓にしてもらってる。授業で使うものにしろ私用にしろ、なにかと私の親の店を頼ってくれるので私としても親としてもありがたいお客様だ。 「……なにか言ってたか」 「母や父がですか?言ってましたよ。『リーマスが魔法薬が苦手なのは直ってないのね〜』って」 「……そこまでバレてるのか」 「バレてないと思ってました?」 「……いや、お前のことだから気付くだろうと思っていたが」 「これらの薬草の種類と量を考えれば、すぐに脱狼薬ってことは分かりましたよ」 そんな話をしながら箱の中に入っていた薬草などを確かめる。リストと照らし合わせて数と品物に誤りがないかをチェックするのだが、いかんせん数が多いので時間がかかる。しかしこの3年間で、この作業も結構板についてきたと思うのは私だけだろうか。 「私はスリザリンですけど、誰にも言いませんよ」 「……ほぅ。スリザリンらしくない言動だな、」 「なにを言うんです、先生も誰にも言ってないじゃないですか」 「……まあいろいろあってな」 「あ、弱み握られてるとかそんなんですか?」 「違う」 即答で返ってきた答えに小さく笑いつつ、リストとローブのポケットから取り出したペンを先生に渡す。 「サインお願いします。あと、急ぎで注文があるのなら今週末までに言ってもらえると助かります」 「分かった」 「いつもご贔屓してもらってありがとうございますね」 サインしてあるリストの紙とペンを返してもらうと、新しい注文書を箱のそばに置いた。リストの紙にさらさらっと今日の日付とおよその時間を書き込むと、ペンと一緒にローブのポケットへと入れる。これで用件が終わったので退室しようかと思ったとき、ふとこの箱と一緒に来た私宛の手紙の内容を思い出した。 「そういえば先生、いいことひとつ教えてあげましょうか」 「……好きにしろ」 「じゃあお言葉に甘えて、好きにさせてもらうことにしますね。教えてあげます。……リリー・エバンスという方の日記が、彼女の実家で見つかったそうです。そこに先生のことが記述されていたようですよ」 「…………お、まえの、親は……」 「知ってますよ、このことは。私は今回初めて知りましたけどね」 「……あなどれんな」 「私の親をあなどってもらっちゃ困りますよ、――かの有名な悪戯仕掛人さえも一歩退く、裏の情報屋ですから」 「……そっちを本業にしたらどうだ」 「聞いてみますね。では、今日はこれで」 頭を下げて先生の部屋を出て行く。部屋を出る際にちらりと先生の顔色を伺えば、なにやら思案しているようだった。私は誰にも言わないというのに。しかしそれにしても、予想以上の反応だったなあと思って笑えてきた。先生の弱みをひとつ握ってしまった。あ、いやちがう、ふたつか。 for purchase 090717(ぎりぎり名前変換有りとかそんなごめんなさい…先生と生徒関係でセブルスとの絡みが書きたかったんです。夢主さんは魔法薬の材料が入った箱をセブルスに届けてますが、べつに夢主を通じてセブルスに箱を渡さなくてもいいですよね…って途中で気づいた) |