「なぁ、これ食えるかな」
「…食べれるんじゃない?」

唐揚げにしたらうまそうだなーというシリウスのぼやきを聞き流しながら、なんで私はこんな人と一緒に水族館に来たのだろうかと今更ながら自分にほとほと呆れた。シリウスのような人が素直に水族館を楽しめるはずがない、いやある意味彼は彼なりに楽しんでいるのかもしれないが、それは一般的なものからは少しばかりズレているのだと思う。魚を見ればおいしそう、海老を見てもおいしそう、ヒトデを見たら揚げたら食えそう、などなどお前の頭は食べることしかないのかと突っ込みたくなるのも無理がない。だがしかし朝食はしっかり食べてきたしお腹がすいているわけではないようで、そしてそこまで考えて私は再びほとほと呆れるのであった。本当になんで、私、水族館に行きたいなんて言い出したんだろう。

そもそも始まりは、シリウスが「どっか行きたい」と言いだしたからだ。2人揃って平日に休日が重なったため私は家でのんびりするつもりだったのだが、そのシリウスの言葉を聞いて、ふむ、出かけるのも悪くはないと思ってしまったのである。平日なので大抵の場所が空いてるだろうし、たまには出かけるのも気分転換になっていい。そう考えて水族館に行きたい、と口に出してしまったのだが実際来てみればこれだ。

「なぁ、クジラって食えるんだっけ」
「どうだっけなぁ、食べれる気がする」
「そうなのか?」
「…私は魚博士でも水族館博士でもなんでもないからどの魚が食べれてどの魚が食べれないかなんて分かんないんだけど、シリウス。というよりもそれ以外の会話はないの?」
「……す、水族館って楽しいな!」
「…おいしそうだもんね。ごめん私が馬鹿だったわ」

息を吐き出してから廊下の先を指差して次の水槽に行こう、と先を促す。シリウスはおう、と返事をしてからジャケットのポケットに突っ込んでいた手を出して私に差し出した。一瞬きょとんとするもののやはり嬉しさが募って、私は顔をほころばせながらそのシリウスの手に自分の手を重ねる。薄いスプリングコートがひらりと揺れて、室内だというのにまるで春風が足元を舞っているようだと思いながら私とシリウスは次の水槽へと向かった。



120320(水族館に行ったら書きたくなったお話。拍手ありがとうございました!)