「こんにちは、セブルス先輩」
「っ……、」

急にひょこっと現れた顔に、驚いて反射で後ずさりした。驚いて真っ白になった頭を回転させる。急に表れたその人物が誰であるか、特定するのにそう時間はかからなかった。

・エバンスは2つ年下の、いわゆる幼馴染という関係である。ホグワーツに来る前はの姉であるリリー・エバンスとよく一緒に遊んだもので、そのころを思うと懐かしい。しかし僕やリリーがホグワーツに入ってからというものの、との交流はなくなったに等しかった。なにしろ僕はクリスマス休暇やイースター休暇に家に帰ることはなかったし、夏休みに帰っても家に閉じこもっているのがほとんどだったからである。

しかし今年になってがホグワーツに入学してから、なにかとのほうから声をかけてくる。それも僕がスリザリンであるということを配慮してか、人通りが少ない廊下などで声をかけられるのでどうも断れないのだ。そんなこんなで、今では同い年のリリーよりものほうが話す回数は増えていた。ほんとはリリーとのほうが嬉しいけれど、なんて思わないわけではないのだが。

「今時間あります?込み入った話していいですか?」
「構わないが、どうかしたのか」

初めは対処に困ったからの敬語も、今では慣れた。つい1年前までは普通に話していたのだからいいのではないか、と言ったことがあるが、「学校では先輩と後輩という関係ですから」と返されてしまった。そう言われてはどうしようもないので受け入れているが、本当は前みたいに気楽に話したいとひそかに思っている。

「あの、セブルス先輩、魔法薬学得意ですよね?教えてもらっていいですか?」
「……どこだ?」
「あの、忘れ薬の予習やってたんですけど、ここの調合の仕方が曖昧で……」
「ああ、これか」

が開いた教科書に目を落とすと、1年のころの記憶がよみがえる。僕が1年の時もこの説明に曖昧さを感じ、自分で勝手に書き換えたという覚えがあるのだ。そのとき書いた内容を思いだしながら口に出すと、はローブのポケットからペンを取り出して教科書に書きつづっている。僕に遅れないように必死に書いているところが、どこかいとおしく思えた。それは決して恋とかではなく、半ば妹みたいな存在だからだと思うが。

の教科書をよく見ると、ペンで線が引いてあったり丸で囲んであったり、細かい説明書きが付け加えられていたりしている。直感的に、頭のいい姉であるリリーと比べられないように努力しているのだと理解した。僕の目から見て、の学力は至って普通である。リリーが出来すぎているだけなのだ。

「……頑張ってるな、勉強」
「え?ああ……そりゃあ、いろんなひとから期待されちゃってますから」
「リリーの妹だからか?」
「……それもあります。でも、お姉ちゃんのせいっていうわけじゃないですよ、私が見栄はっちゃったのが悪いんです」

はそう言ってから小さく笑った。見栄なんてはったのか。そんなことを思ってから、の頭にぽんと手をのせた。身長差で丁度いいところに頭があって、以前よりもやりやすい。

「……リリーが出来すぎているだけなんだから、無理はよくないぞ」
「あ、いま遠まわしに私のこと馬鹿にしました?」
「してないしてない」

宥めるようにそう言うとは困ったように口を曲げて、そして笑った。それにつられて頬を緩めると、はやわらかく微笑んで口を開く。ふと、その表情がリリーに似ていると思った。

「――笑った顔、久しぶりに見ました」
「……そうか?」
「はい、大広間で見る時とかいっつもしかめっ面してますもん」
「あー……それはだな……」
「知ってますよ、ジェームズ先輩やシリウス先輩たちの悪戯のせいでしょう?先輩たち、いいひとですけれどちょっと度が過ぎてますから……」
「……知ってるのか」
「はい。お姉ちゃんがよく、ジェームズ先輩に啖呵切ってます」

リリーが啖呵切ってることに驚きつつ、そんなことを笑顔で言うに苦笑した。しっかり者で頭も切れるのだが天然娘である。 僕は幼いころからそう認識しているため、今更驚きもしないし認識を改める気はない。しかし天然ゆえか毎度驚かされるのには自分で呆れた。

まったくこの姉妹は、と思わずにはいられない。

「夕食も近いことですし、失礼します。ありがとうございました」
「ああ、またなにかあったら頼ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えてそうさせてもらいますね。では」

最後にぺこりと頭を下げて、は走り去って行った。帰り際、妙に急いでいたなと思いながら寮に帰ろうかと振り返ると、ギクリと身体をこわばらせる。なるほど、とが妙に急いでいた理由が分かった。

「……なにか用ですか、ルシウス先輩」
「いや、たまたま通りかかっただけさ、スネイプ」

スリザリンの監督生である、ルシウス・マルフォイである。がとうに去ったあとでよかったと思う反面、いまひとりきりだということが重くのしかかる。このひとには絶対に勝てないという自信だけはあった。

「いまの、1年生かい?グリフィンドールの」
「……はい。ちょっとした、知り合いです」
「いや、べつに君のプライベートに口出す気はないよ。……あの子の名前、聞いていいかい?」
「……すみませんが、お答えできません」
「だろうね。まあいい、夕食には遅れないようにしてくれ」

ルシウス先輩はそう言うと、くるりと方向転換して大広間のほうへと向かっていった。の名前を聞かれたときはどうしようかと焦ったが、なんとか乗り越えられた。やっぱりあのひとは苦手だ。やりにくい。

「セブルス先輩、ちょっと言い忘れたことがあって……」
……、……おまえ……」

丁度ルシウス先輩が角をまがったとき、反対側からがパタパタと走りながら僕の名前を呼んだ。なんというタイミングの良さに、実は図っているのではないかと疑いつつのほうを振り向く。は僕の前までくると、切れた息を整えながら早口でしゃべった。

「あの、夕食に来ないでください」
「……は?」
「あ、いえ、あの、ジェームズ先輩やシリウス先輩が悪戯を企んでるので、来ないほうがいいってことです」
「……またか」
「はい。今回はなにやら……食事に細工をするようで……あの、……来ないほうがいいです。ほんっとうに」
「……そんなに酷いのか、その悪戯」
「……私にとっては、酷です」

しーん、としばらく沈黙が続いてから、は「来るのなら十分に注意してください」と言い残して去っていった。そんなにひどい悪戯とはなんなんだ、と思いながらの忠告通り大広間へは向かわず、寮へとつながる廊下を進む。何も知らずに大広間へ向かうことを避けれたことに感謝しつつ、今日は夕食抜きという事実に肩を落とした。僕だって人間、しかも育ち盛りの男だ、夕食抜きはいささかきつい。



まさに憂鬱な日常




090719(急にセブルス祭状態になっている…。セブルスも夢主も、決して相手のことが好きなんじゃなくて、幼馴染という、それだけの関係。セブルスがリリーを好きだということは、夢主はすでに知ってます)