「なんで人のものを勝手に食べるわけ?僕のものだって分かってたでしょ?」
「だからっ、悪かったって言って言ってるだろ!!しつけぇな!」
「こらシリウス、口悪いぞ」


うっと声を詰まらせるシリウスを横目で見つつリーマスに視線を送ると、彼も彼で言い過ぎたと思っているのだろう、ふぅと疲れた表情をしながら息を吐いていた。そしてそのままリーマスはなにも言わずに部屋を出ていく。とりあえずは休戦かと僕も無意識のうちに殺していた息を吐いた。

きっかけは些細なこと。むしろ部外者のこちらが呆れてしまうほど、ほんの些細なことだったのだ。テーブルに置いてあったリーマスのチョコレートをシリウスが無断で食べてしまった、それだけである。そんなちっぽけなことで喧嘩するなんて五年生にもなって情けない。しかしまぁ、今回は仕方なかったのだろうとすごく微妙な表情をしているシリウスを見て苦笑を浮かべた。


「まぁまぁシリウス、元はと言えば君が悪いんだよ?」
「分かってるよ!けどなぁ……リーマスも怒りすぎじゃねぇか?この間あいつのお菓子食っちまったときは、ほとんどなにも言われなかったのに」
「……リーマスの機嫌があまりよろしくないのだよ」
「機嫌って、……あ」


シリウスはリーマスがカリカリしている原因に気付いたようで苦虫を噛み潰したような顔をして、小さく舌打ちする音が聞こえた。そしてその後に続くのは、明後日は満月かという呟き。

満月の直前にリーマスが機嫌を悪くしたり体調を崩したりするのはいつものことだ。そんな時期に彼の唯一の癒しであるチョコレートを奪ってしまうなんてシリウスはタイミングが悪すぎる、と苦笑を漏らす。そして早速後悔の念を抱いているらしい親友の肩を軽く叩くと、僕はなにも言わずに部屋を出た。きっと今頃同じように後悔の念を抱いているであろう、もう一人の親友を探すために。



***



「ねぇ、 !…… ?」
「えっ?!あ、イリア?どうかした?」
「……最近の 、おかしくない?なにか悩んでるの?」
「えっ、全然!」


疑わしい視線に苦笑を返しながら、最近の自分はそんなに上の空なことが多かったのかとここ数日を思い返す。自分では全く身に覚えがないのだが、しかしイリアに指摘されるほどに表情に出ていたのだろうかと思う。

悩んでいる、というよりは考え込んでいると言ったほうが正しいのかもしれない。期日はすぐそこに迫っているというのに、未だ決めかねている自分に心の中で溜息を零した。ホグワーツに入学すると共にリーマスと交わした約束を思い出す。


(……絶対に、悟られては、いけない)


自分の、正体を。

隣で揺れる銀色の髪を見つめる。もし彼女が知ってしまったならば、もうここにはいられなくなってしまうのだ。同じ学年、同じ寮、そして同じ部屋の一番最初の友人。彼女にだけは、決して。


「……イリア、私、明日から数日学校にいないから」
「えっ?!ど、どうして?!」
「実家のお母さんの体調がよくないみたいで……これから月に一度くらい、帰らなきゃいけないんだ」


ごめんね、と呟くとイリアは心配そうに眉を寄せて「 のお母さん、身体弱いの?」と聞いてくる。こくりと浅く頷きながら、祖国にいる体調を壊しているところなどほとんど見たことない母を思い出し、イリアには申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私のお母さんは元気だよ、そう言いたいのに言えない現状がもどかしい。これから月に一度はこのやりとりを続けなくてはいけないのかということを思うと、イリアに嘘をつき続けることへの罪悪感がふつふつと沸いてくる。


「それなら仕方ないわね。休んだ分のノートは帰ってきたら見せてあげるから、安心してお母さんに顔出してきなさい!」
「イリア……」
、一人っ子なんでしょ?それに確か、お父さんはほとんど家にいないんだよね?なら、 が行かないと!」
「……うん。ありがとう、イリア!」
「お礼はいいから!荷造りしなくていいの?明日、発つんでしょ?」
「あ、うん、荷造りはもう大丈夫。早ければ3日くらいで帰ってこれるから、よろしくね」


わかった、というイリアの返事を聞いてほっと胸を撫で下ろす。とりあえず今回は大丈夫、そしてこの調子でいけばきっと来月も。

嘘をつき続けなくてはいけない。嘘をつき続けたくないのならば、もうここにはいられない。どちらかを選ぶしかなくて、両方を選ぶことも、選ばないということもできない。どれだけ私が心を痛めただとか、どれだけ私が頭を悩ませただとか、そんなことは関係ない。どちらを選んでも私がイリアに酷いことをしていることに変わりはなく、そして満月の夜に私が表の世界にいられないのも変わることはないのだ。



111217(お分かりの通り、人狼ヒロインです。5年組は青春ですね。)