「うーん……なんか、違うんですよねぇ。シリウスさん、そっちのお醤油取ってくれます?」
「ショウユ……?これですか?」
「あっ違います違います、それはみりん。お醤油はそっちの黒っぽいやつです」


そう広くもないキッチンに2人並ぶのは少々狭かったが、作業が出来ないほどではなかった。シリウスさんに日本のメーカーのお醤油のボトルを取ってもらうと、蓋を緩めて目分量で適当に鍋の中に回しいれる。こんなもんだろうかとおたまでぐるぐると鍋の中をかき混ぜてから、スプーンで液体をすくってそっと口に運んだ。少しくどい気もするが、煮込んでいるうちに野菜から出た水分のせいで薄まるだろう。とりあえずこんなもんかとお鍋に蓋をして、隣で私の様子を見物していたシリウスさんへと向き直った。


「今日の夕食はすき焼きっていうんですよ」
「スキヤキ?」
「はい。そこそこ外国でも有名な日本料理だと思うので、お口に合うと思います」
「そうなんですか。……それにしても、見かけない道具や調味料ばかりですよね、さんのキッチン」
「日本食を作ることが多いので祖国からいろいろ持ってきてあるんですよ。調味料とかは、足りなくなったら送ってもらいますし」
「へぇ……」


関心したように調味料の棚を眺めるシリウスさんを横目に、私はサラダでも作ろうかと冷蔵庫の中を物色する。レタスとトマトとハムで、ドレッシングをかけるだけの簡単なものでいいかとそれらを冷蔵庫から取り出して水で洗った。シリウスさんは調味料を眺めているだけでは足りないのか、時々私に声をかけては説明を求めてきたり、蓋を開けて匂いをかいでいたりしている。先ほどお酢のにおいを嗅いだときにはむせてしまったようで、ごほごほと涙目になりながらむせ返っていた。それに笑みを漏らす一方でサラダを作り、それを終える頃にはすき焼きのお鍋のほうも丁度いい感じに煮立っているようで。そろそろ夕食にしようかと「シリウスさん、」と声をかけたまさにそのときだった。

隣の部屋、すなわちシリウスさんの部屋からパシッという姿現しの音が小さく聞こえる。私と同じくそれに気付いたらしいシリウスさんは、今日は誰も来ないはずなんだがな、と小さく呟きながらそのとき手にしていたソースの瓶を元の場所に戻した。予想外の来客なのだろう、その表情は困惑で満ちている。


「すみません、ちょっと見てきます。なるべく早く戻ってくるので」
「あ、待ってるのでごゆっくりどうぞ」
「すみません」


シリウスさんは苦笑を浮かべながら私の部屋を出て行った。私はその間にお茶の準備をしたりサラダを運んだりと食事の準備を整える。しばらくするとシリウスさんの部屋からなにか言い合っているような声がして、内容は聞こえないもののどうやら相手は男性のようだった。

なにか緊急の用事でも入ったのだろうかと思いながらシリウスさんが戻ってくるのを待つこと数分。ガチャリと音がしたのでシリウスさんが戻ってきたのだと思い玄関に向かうと、そこにはシリウスさんと、そしてもう1人私の知らない人がいた。


「あの、そちらは……」
「初めまして、ジェームズ・ポッターです、シリウスが学生のときからの友人かつ会社の同僚やってます。そちらはシリウスの彼女さん?」
「は?」
「黙れジェームズっ!……すみませんさん、コイツも一緒に夕飯してもいいですか?」
「コイツとはなんだ、コイツとは!」


その2人のやり取りに笑みを浮かべながら「どうぞ」とシリウスさんとその友人であるらしいポッターさんを部屋へと促す。断る理由など大してなかったし、食事を大人数で取ることはいいことだ。ただひとつ気になることがあるとすれば、シリウスさんの友人である彼に日本食が合うかということ。とりあえずその問題はおいといて、もう1人分食器の用意をしなくてはとキッチンに着くなり食器を取り出していると、玄関でいまだにぎゃんぎゃんと言い合っているシリウスさんとポッターさんの声が聞こえた。


「ったく、お前さんにまで迷惑かけんなよ!」
「だーかーらっ、これは不可抗力だって!今日に限って自宅で夕食を取ってないシリウスが悪い!」
「不可抗力なはずあるか!そんで責任転嫁はやめろ」
「だ、だって、リリーが……!」
「お前がリリーに怒られるなんてしょちゅうじゃねぇか」
「し、しょちゅうってなんだ!そんな頻繁なはず、ある……わけ……いや、あるけど……」
「あーもー、とりあえずいじけんなって。入るんなら入れ、帰るんなら帰れ」
「入るさ!入らせていただくついでに夕飯もごちそうになるさ!」
「おこがましいヤツだなオイ」


その会話にこれがシリウスさんの素かと笑みを漏らした。なるほど私の前では猫をかぶっていたということか。いや、私も人のことは言えないのだが。開いている席にポッターさんの分の食器を置くと、丁度ダイニングへとやってきた2人を振り返った。

2人の背格好はあまり変わらず、言い合っている雰囲気はどこか楽しそうでもあったため、こうしてみると兄弟のようだと思う。この間同じくシリウスの友人だというリーマスさんが零していた学生時代のやんちゃとやらを、是非とも聞いてみたいと思いながらキッチンに回ってお鍋にかけていた火を止めた。そのまま鍋掴みの上からお鍋を手にしてテーブルへと運ぶ。鍋敷きの上に鍋を置いて、蓋を取るとジェームズさんから「わぉ!」という歓声が聞こえた。


「今日のお夕飯は日本料理のすき焼きなんです。ただ、ポッターさんのお口に合うかどうか……」
「あ、さん、コイツのことは気にしなくてもいいですから」
「酷いなシリウス!ねぇ、さんもそう思いますよね?!」
「は、はあ……」


とりあえず、ポッターさんはとても陽気な方らしい。



110504(前話とは打って変わって楽しく料理・食事の話。途中からジェームズのせいですごく明るいお話に。彼の威力はすごい。)