シリウスさんと食事をするのはとても楽しくて、嬉しくて、しかしそれと同時に後ろめたかった。私なんかがシリウスさんの隣で楽しそうに食事をしていいのだろうか、笑っていていいのだろうかと。そう思えば思うほどその考えは消えなくて、けれど一緒に食事をするのを止められなかった。そのたびに自分が惨めな思いをすることは分かっている。あぁまたやってしまった、と後悔することも。

それでも止められないのは、シリウスさんに対して特別な感情を持ってしまったからだろうか。それは同情なのか、敬意なのか、はたまた恋慕なのか。実態は分からないけれど、私の中で彼はもう“ただの隣人”でないことだけは確かだった。


(……駄目だと、いうのに、)


仕事を終えるたびに感じる寂寞の思いと、シリウスさんと食事をするたびに感じる幸福感。その正反対な感情の間で揺れ動く正義と悪、そして嘘と真実。どれが正しくてどれが間違っているのかなんて、もはや判別することさえもできなくなっていた。

そしてあれからひっきりなしに届く、兄からの手紙。私から返事を出すことはないというのに、溜まってゆく封筒の束を見るたび泣きそうになった。もう遅いというのに、放っておいて欲しいのに、近況報告と共に綴られている説得の文章と、優しい言葉。それは私の決断を揺るがすには十分で、今日とて私はそのふたつの間でぐらぐらと傾き揺れながら日々を送るしかないのだ。


***


さんの家で急にやって来たジェームズと共に夕食を終えてから、その後なぜか俺の家で3人でお酒を酌み交わしていた。どうやらさんはなかなかお酒には強いようで、自分やジェームズと同じ量を飲んでもまだまだけろっとしている。自分もそこそこお酒には強いのだが、あまり強くはないジェームズは飲み始めてしばらくすると、早速酔っ払いになって今日俺の家にくることになった経緯を泣きながら話し始めた。


「今日仕事から帰ったらまだリリーの姿がなくて、でもしばらくしたら帰ってきたんだけどねっ、」
「……リリーさんって、ジェームズさんの奥さんですか?」
「あぁ」
「どこ行ってたんだいって聞いたら、買い物に行ったら知り合いに会って話してたら長くなってって言ってさ」
「そんだけか?お前いくらなんでも心狭くねぇか」
「いやっ重大なのはここからなんだよ!その会ってた人物っていうのが、スネイプだったっていうからさ!」
「ふーん?」
「……えっシリウスそれだけ?まさかのそれだけ?スネイプだよ?あのスネイプが僕のリリーと会って長時間お喋りしてたんだよ?!」
「確かにあいつのことは好きにはなれねぇけど、もう会わねぇし」
「それだけ?!あのスネイプに悪戯ばかり仕掛けていた学生時代の思いはどこにいっちゃったのさ?!教室に閉じ込めたことや、ズボンを脱がそうとしたことや、雪玉ぶつけまくってダルマにしたこととかさぁ!」
「……そんなことしてたんですか?」
「いや、まぁ、若気の至りってやつです」


ときたま口を挟んで訊ねてくるさんの言葉に返事をしていると、ジェームズの話題は学生時代の思い出話となり、やがて今の新婚生活の惚気話から結婚式の自慢話まで話は及んだ。前々から分かっていたことだが、ジェームズは酔うと普段以上にお喋りになる。俺だけならまだいいものの、今回はさんもいるというのにそれは変わらないらしい。ジェームズは酒を飲みながらぺらぺらと喋り続け、酔い潰れるころになってようやく喋るのを止めた。とは言っても、睡魔に負けたからに過ぎない。

机の上で突っ伏してすやすやと寝息を立て始めたジェームズにひとつ溜息をつくと、俺は立ち上がって「コイツ寝かせてきます」とさんに一声かけてからジェームズの腕を肩に回させた。よっ、と声を漏らしてからジェームズを引きずるようにして自分の寝室へと運ぶ。ベッドは自分が寝る場所になるのでジェームズに貸してやる気はさらさら無い、となると残りは床に転がすかソファーに放るかのどちらかなのだが、さすがに床に転がすのは躊躇われてソファーに放った。上から毛布だけをかけてやると、さんが待っているのでさっさとダイニングへと戻る。

ダイニングではさんはグラスを傾けて中のワインを飲み干したところだった。彼女は意外と飲みっぷりも素晴らしいようで。自分が元居た椅子に戻ると、さんは俺のグラスに新しくワインを注いでくれた。まだ飲むのかと思いつつ、ありがたくそれを口に運ぶ。久しぶりに酔いそうなくらい飲みたい気分だった。


「すみません、今日はあいつのせいで騒がしくなってしまって」
「いえいえ!シリウスさんの本性が垣間見えたような気がして楽しかったです。昔は結構やんちゃだったんですね」
「……今更思うと馬鹿馬鹿しい思い出です」
「でも、楽しかったんでしょう?」


さんの声のほうが楽しそうだと思いふと視線を彼女へと向けると、ほろ酔いなのか少しとろんとした視線を向けられてなんでしょう、と首をかしげられる。そういえばこの間リーマスが家に来たときに、引っ越してばかりだったから長年の付き合いがある友人はいないさんは言っていた。そんな彼女にとっては自分やジェームズの馬鹿らしい、そしてどうでもいい日々がとても良いものに見えるのだろうかと、そんなことを思う。

今思うととても馬鹿らしくて、なぜあんなことばかりしていたのかと思うときさえある。スネイプや先生たちに悪戯ばかりして、毎日のようにフィルチに追い掛け回されて、そしてたまに罰則を受けたり受けなかったり。けれどもそんなくだらない過去を後悔したことはなかった。

あの頃の自分、ブラック家という血筋に縛り付けられていた自分にとって、それはとても輝かしい日々であったのだと今だから分かることもある。ブラック家だからと差別しないジェームズやリーマス、ピーターやその他のグリフィンドールの人たちと過ごしたあの日々は、楽しい以外のほかになかった。それをすんなりと認められるのはホグワーツを卒業したからか、それともこの問いがさんから投げかけられたからか。どちらにせよ、さんからの言葉には自然と頷くことができた。


「楽しかったですよ。あの頃だからこそ、出来たこともたくさんありましたし。戻りたいとは思いませんが、懐かしい、大切な時間だったと……今になって思います」
「うんうん、そうやって過去を振り返って思い出に浸っていてもシリウスさんは様になりますね!」
「……、……さん、酔ってます?」
「いえ、まだまだいけます!私、過去の思い出に楽しいことってあまりなかったので、ちょっと羨ましいのです」
「えーと。さんは昔、どんなことしてたんですか?」


いつもなら避けるフユさんの過去の話題だが、さんが酔いつつあることもあって訊ねてみと、さんはグラスをゆらゆらと小さく振って中の濃厚な液体を揺らした。その表情は嘲るような、後悔するような、なんともいえないものが滲んでいる。けれど沈黙が落ちたのはほんの数秒のことで、さんはふわふわとした調子で口を開いた。


「私、じゅう……に?さん?くらいまで、監禁されるような形で育てられたんです。だから友人だと言える人は、ここ1、2年で知り合った人ばかりで……」
「か、監禁?」
「あーっと、そんな物騒なものじゃないかも、です。ただ、一定区間から出ることが許されなくて。籠の鳥、っていうか。不自由な暮らしではなかったですよ?他人との交流は、少なかったですけど」
「でも、今は……」
「当主と、契約を交わしまして。だから私はいま、こうやって、シリウスさんとのーんびり、できるわけなんですが。……あー、すみません。余計なこと、喋って……しまった、かも、……だめだ、酔ってきた」


さんはよろよろと額に手を当てると、ゆっくりと深く息を吐いた。やはりこの話題は止めるべきだったかと一瞬そんなことが脳裏を掠めるが、顔をあげたさんの顔はどこか吹っ切れているような表情をしていたのでこっそりと安堵の息をつく。

最早彼女の中では終わった出来事なのか、それとも気丈に振舞っているだけなのか、その見分けはつかないけれども、いつも明るい顔しか見せないさんの意外な過去に、自分は驚きを隠せぬまま間を繋ぐようにグラスを傾けた。ワインのきついアルコールが喉を熱くさせる。それはまるで、さんの過去を聞いてしまった自分への戒めのようだと、思った。



110527(なんでこうも、明るい話と暗い話がころころ順番になるのか…。しかし私は監禁とかそういうネタが好きらしい(…) )