「……ガールフレンド?」
「いや、隣人」


ジェームズを引き取りに来たリリーはテーブルに突っ伏してすやすやと眠っているさんをまじまじと見つめながらそう聞いてきた。しかし彼女の期待に反する返事を自分がさらりと返すと、つまらないというような顔を向けられる。つまらないもなにも、それ以上でもそれ以下でもないのだが。リリーが一歩踏み出したのでジェームズを連れて帰るのかと思いきや、彼女は自分の斜め前、すなわちさんの隣に腰掛ける。その行動に少々驚いていると、リリーからにやりとした笑みを向けられた。


「いいワインじゃない、ちょっと飲ませなさいよ」
「さっさとジェームズ連れ帰ってくれよ……」
「御代は恋愛相談でチャラね」
「あのリリーさん人生相談なんですけど、ポッター夫妻を家から追い出すためにはどうしたらいいでしょうか」
「素直にリリーさんにワインを振舞うのが一番だと思うわ」
「……もう、ご自由に」


やった、と小さく嬉しそうな声を漏らしてからリリーはワインをグラスに注いだ。ジェームズと同居し始めてから更に性格悪くなったな、と思いながらその光景を見つめる。さんのハイスピードに合わせていたら自分も少し飲みすぎてしまったようで、リリーにワインを薦められるが断った。リリーは早速といわんばかりにグラスに口をつけてワインを一口飲み下すと、ほう、と幸せそうな声を漏らす。


「さすが元貴族、舌は肥えてるわね」
「ワインだけはな」
「……シリウスって元貴族のわりに、食事には無頓着だものね」


リリーは半分呆れるようにそう呟く。しかし彼女の言っていることはあながち間違ってはいないので、なにも反論はできなかった。

子供のころから社交界に出ていたためか、酒類を口にするのは他人より早かったというのは自覚している。それに実家がかの有名なブラック家だけあって二流三流のワインは口にする機会がなく、常に一級品を味わってきた。そのせいかワインの味にだけは少し口うるさいかもしれない。しかしそのわりに庶民料理には抵抗がなく、元々食べれるものは何でも口にする主義なので食事に関してはテキトーだ。ワインは少々値が張るものを購入しても、他の食材はなるべく低価格に抑える。それが一人暮らしを始めてからのモットーだ。


「で、どういう関係なの?この隣人さんと」
「だからただの隣人、」
「なわけないでしょ。シリウスはただの隣人を家に上げたりするようなお人好しでも無用心でもないわ」
「……言い切るんだ?」
「言い切るわ。これでもあなたのことはそれなりにわかっているつもりなの」
「ジェームズになにを吹き込まれたんだよ……」
「なにも。この数年、私があなたを見て、聞いて、感じた結果よ」
「……そんで、結局、何を言いたい?」
「単純明快。ずばり、この隣人さんのこと気になってるんでしょ」


ふふん、とした様子でリリーは笑みを浮かべる。自分はその彼女の笑みを見てこれ以上逃げるのは賢くないと直感的に感じ、降参とでもいうように苦笑を漏らしながら両手をあげた。こうもまっすぐと直球に聞かれては、答えを先に延ばして逃げることもままならない。リリーには敵わない、とこれと似たような状況になるといつも思うことを今回も思った。彼女を敵に回すべからず。ジェームズとリリーが喧嘩したらリリーの味方をしようと今から決めておく。すまん、ジェームズ。親友だからといってお前の全てに賛成できるわけじゃないんだ。


「気になっていると言っても、好きだとかそういうのじゃないけどな」
「なんで?こうして見る限り、可愛いしいい子そうだけど」
「……まだ俺は介入しすぎてはいけないんだと思う。彼女には、まだなにかがありそうだから」
「馬鹿ね、そんなのこの子の勝手よ。我儘だわ。それにそういう状態だからこそ、支えが必要なことってあると思う。まぁ、彼女のほうにボーイフレンドや頼れる人がいなかったら、の話だけど。そういった気配アリなの?」
「……恐らく、ナシ」
「ならあとは時間の問題だわ。予言してあげる。シリウスはこの子を好きになる」
「……今日は饒舌だな、リリー」
「おかげさまで」


にこりと気のいい笑みを浮かべグラスをもちあげながらリリーはそう言った。ワインのお礼ということか、それとも酔ってきたからということか。元々彼女はお節介焼きだが、ここまで首を突っ込んでくることはあまりなかったと思いながら、感謝の意を示すように空になりかけているリリーのグラスにワインの瓶を傾けた。本当にリリーには、ほとほと敵いそうにない。

フユさんとそういう関係になるのも悪くはないと思っていた。なんだかんだで自分は彼女に惹かれているのだという自覚はしている。そしてこれは推測でしかないが、おそらく彼女も。伊達にホグワーツにいたころモテていたわけではない、相手が自分に気があるかないかくらいはなんとなく分かるようになっていた。

けれどこちらから一歩踏み出す前に、静止をかけるのはいつもフユさんのほうなのだ。きっと彼女のそれは無意識下の行動に違いない。けれどそれはいつも自分をやんわりと拒絶してきた。そのたびに自分は立ち止まり、はっとさせられ、これまでどおりの“隣人”としての付き合いを続ける。今までのこのゆるゆるとした心地よい関係が嫌なわけではない、ただ、進展できるならそちらのほうが幸せだろうということは考えなくても分かることだった。フユさんが自分をやんわりと拒絶してくる理由が一体何なのかは分からないが、それが分からない限り前には進めない。

そこまで考えたところで、なんだ、自分はもう既にフユさんを好きになっているじゃないかと、ふと思った。



110529(リリーとシリウスの恋愛相談教室。リリーがめっちゃ男前ですかっこいい。シリウスはやっと、自覚。やっと!このおふたりは、恋愛のことについて、お互いによき相談相手であるのだと思います。)