「すみませんでした!」 「いえいえ、気にしないでください」 「酔って寝ちゃって、あまつさえベットをお借りするなんて、とんだご迷惑を……!」 「だから、あの、別に迷惑だとか思ってないんで、……とりあえず朝食食べません?」 「へ、」 その言葉でやっとさんは下げていた頭を上げた。フライパンの中のベーコンエッグはいい具合に焦げ目がついていて、そろそろ食べごろだと胡椒の香りが示している。まだ起きてきたばかりのさんの髪は少し寝癖がついていて、ところどころがくねくねとうねっていた。それに笑みを漏らしつつ、用意してあった皿にベーコンエッグを乗せながら呟く。 「顔、洗ってきたらどうですか?部屋に戻って仕度するなら5分で戻ってきてください。俺もハラ減ったんで」 「えっ、あ、じゅ、10分!」 「駄目、5分」 「……な、7分」 「そうこう言ってる間にも準備してきたらどうです?」 「わ、あ、あ、もう!」 さんはバタバタとダイニングを出て行き、やがてガチャリという自分の部屋のドアが開いて閉まる音が聞こえた。そしてそのあとすぐに聞こえるのは、ガチャガチャと彼女の部屋の鍵を開ける音。そんな彼女の慌てっぷりに声に出して笑いながら、紅茶の茶葉が入っている缶を手に取った。5分、7分と言い争っていたものの、10分はかかるに違いない。そんなことを思いながら、のんびりと紅茶の準備を始める。 慌しいが、たまにはこんな朝も悪くは無いと思う。それはきっと、さんがいるからだろうということにはとっくに気付いていた。 *** さんやジェームズと飲み明かし、リリーとらしくもない話をしてから数日。食料を買いに近所のスーパーへ行った帰り、レジ袋を両手に持ってアパートの階段を上りきり、自分の部屋がある階に到達した途端その人物はこちらを向いた。黒いコートを羽織り、これまた黒い細身のパンツをはいているその人物は俺の部屋ではなく、さんの部屋のドアの前に立っている。その人物が部屋の中に入らないということはさんは外出中となのだろう、とするとその人物は待ちぼうけを喰らっているわけか。 恋人なのだろうかとそんなことを思いながら、両手に持っていたレジ袋を片手にまとめ、ポケットから部屋の鍵を取り出してそれを鍵穴に押し込もうとしたそのとき、さんの部屋のドアの前に立っていた人物が「すみません、」と遠慮がちに声をかけてくる。その動作はどこかさんに似ているような気がした。 「この部屋の人、いつ頃出て行ったか分かりますか?」 「え?あー……いや、それは分かりませんけど、夕方ごろには戻ってくるんじゃないでしょうか。なんなら、伝言でもお預かりしますけど」 初めてその人物をしっかりと見ると、自分と同じくらいか、あるいは少し年上の青年のようだった。サングラスをかけているため顔はよく分からないが、少し長い黒髪は結われていて、自分とはまた違う部類の好青年だと思う。自分がハンサムだと称されるのなら、そう、彼は優男のような。彼は俺の告げた内容に少し驚いたように目を瞬かせ、そして微笑ましいものでも見るかのようにふっと笑みを零した。その上品な、それでいて格好の良い笑みに、やはり優男だと思う。 「……仲が良いんですか?」 「それなりに。……すみませんが、そちらは彼女とどういった関係で?」 さんの部屋の前で彼女の帰りを待つ彼は、この様子を見るとアポもなしにここを訪れたのだろう。不審者じみているわけではないが、あやしい者であることに変わりはなかった。彼女の数少ないらしい友人のひとりか、恋人なのか、それは分からないけれどさんに危害を加えない人間だとは限らない。自分でさえもこう考えるのだから世の中はなんて物騒になったのかと、そんなことを思う。 しかし目の前の彼は慌てることも逃げることもなく、静かにサングラスに手をやった。さんは魔女だ、この彼も魔法使いである可能性が高い。念のためにとポケットの中で杖を握りながら、片手に持っているレジ袋をドアノブに静かにかける。そしてサングラスを取った彼は、一度前髪を撫で付けると自分へと視線を向けた。正面から彼の目を見て、顔を見て、あ、と無意識に声が小さく漏れる。 「初めまして、シリウス・ブラックさん?お噂はかねがね。・の兄、サクといいます」 兄妹というだけあってさんとよく似た笑みを浮かべた彼、サクさんは、さんと同じ黒色の瞳を穏やかに漲らせながらそう告げた。 110529(やっと、やっと登場だよ…!早く彼を出したくて出したくて、ウズウズしてました。なにげ人気がある彼。私も大好きです。) |