「紅茶でいいですか?それともコーヒーのほうが?」
「あぁ、すまないがイギリスの紅茶もコーヒーも口に合わなくてね。自分で用意させてもらうよ」


そう言った途端サクさんはどこからか取り出した杖を一振りして、陶器でできたポットのようなものとグラスのようなものを出してきた。それはさんの家でも見かけたことがあるものだったので、彼等の祖国のものなのだと思う。湯気が上がっているところから見て温かい飲み物なのだろうが、それを出したのは魔法というよりもむしろ手品のようだ。そんなことはないだろうが、彼は奇術師かと胡散臭い視線をこっそりとサクさんへ向ける。よく分からない人だと思った。

自分の分の紅茶を用意してサクさんが座っているソファーの正面に腰を下ろすと、ふわりと渋い香りが漂ってきた。それはさんの家でも嗅いだことのある香りで、これが彼等の故郷のお茶なのかと思いながら自分の紅茶に口をつける。ティーカップを静かにテーブルに置くと、それを待っていたかのようにサクさんはさて、と話を切り出した。


「一応確認しときたいんだが、家出して本家に勘当されたシリウス・ブラックだよな?」
「……、……その通りですけど」
「いやー、噂で聞いたときには流石に吃驚したわ。前々からいろいろ聞いてたものの、家出して勘当されるなんてブラック家では前代未聞だからなー」
「ど、どうも……」
「あ、いや、別にこういうことを話しにわざわざお邪魔したんじゃなくて、だな」


どうもさんのお兄さん、というイメージとはかけ離れている彼に戸惑いつつ、再び紅茶に手を伸ばす。いつも相手に対して主導権を握るのは自分なのに、なぜか彼に対してはそれを奪われてしまっていた。威圧するほどの存在感があるわけでも、貫禄があるわけでもない。けれどサクさんにはどこか卓越したものがあって、自分にそれは越えられないとひしひしと感じるものがあった。なぜだ。なにが、俺にこう感じさせるのか。それは分からない。

サクさんはふぅ、と一息ついて瞳を伏せた。しかし再び俺へと向けられた視線に、一瞬身体が硬直するのが分かる。だから、一体何なんだ。この感触は。


「単刀直入に訊ねよう。のこと、どこまで知っている?」
「……なにも、知りませんけど」
「そんなわけないだろ。家のこと、現当主のこと、俺のことも……なにも知らないってことはないだろ」
「いや、だからなにも……むしろ、なにかあるんですか?」
「……え?ちょ、えぇ?!本当に知らないのか?!」
「だから、知りませんって」
「お前、元ブラック家の長男だろ?現闇払い局員だろ?……なにも調べたりしなかったのか?」
「……馬鹿にしてるんですか?」
「半分な。へぇー……お前、甘っちょろいな。世の中それじゃ生きていけないぞ」


初対面の相手にここまで言うか、普通。そう思いながらもサクさんの言葉に言い返すことはできなかった。確かに甘かったかもしれないと、心のどこかで思っている自分がいる。この甘さが命取り。局長やクラウドさんがもしここにいたらそんなことを言われそうだとふと思った。


「そこまでさんを疑ってないです。……まぁ、ちょっと引っかかっているものはありますけど」
「引っかかっているもの?」
「言いませんよ、仕事に関係あるので。それより、もし調べていたら怪しいものが出てきてたってことですか?」
「あー、家については結構ボロボロ出てくるかもな。けど俺については流石に辿り着けないだろ。……なんだ、思ったより拍子抜けだな。もっと腹の内の探り合いを予想していたんだが」
「……なにするつもりだったんですか」
「ん?いや、まぁ、……ははは!」


腹の内の探り合いにならなくてよかった。本当によかった。この様子ではサクさんに何をされていたか分からない。こっそりと冷や汗を流しつつ、そこまでしてサクさんが言うものは一体なんなのだろうかと思考をめぐらせた。そこでふと思い出したのは、数日前にさんが告げていた過去。監禁されていたと告げた彼女。確か当主と契約をして自由になったと、言っていたような。

それをサクさんに告げようとするが、やはり思いとどまってそうはしなかった。これまでの言動からしてサクさんは怪しすぎる。彼は自分にとって、また、さんにとって敵なのか味方なのか。それもまだ分からないというのに手の内を見せるのは得策ではないと、理性が告げていた。そこまでサクさんを信じたわけでは、ない。

紅茶に口をつけながらちらりとサクさんを伺うと、どこか憂えるような、自嘲のような表情をしているのが見えた。それはこの間のさんの表情と似ていてやはり兄妹なのだと感じる。 そしてどこか申しわけなさそうにサクさんは口を開いた。


「まぁ……を信じてやってくれてて、ありがとうな。お前がそんなふうに甘いからこそ、も近くにいれたんだろう。俺はに対して、取り返しのつかないことを……してしまったからなぁ」
「そ、れは、どういう……」
「……俺の人生で最大の後悔、だよ」


そう苦笑を浮かべながら呟いたサクさんは、兄としての表情をしていた。さんを、彼の妹をとても大事に思っているのだと分かる。けれど取り返しのつかないことをしてしまったと彼は言った。どういうことだ、と思考が急加速していく。

そのとき、チャイムもノックも無しに俺の部屋のドアが思いっきり開けられる音がした。そういえば鍵をかけるのを忘れていたと、今更になって思い出す。誰がやって来たのかはなんとなくだけれども予想できた。そしてそれはきっと、間違っていない。

バタバタと騒がしく無断で俺の部屋に入ってきた人物は、そのまままっすぐに俺とサクさんがいるリビングへと向かってきた。急に静かになった足音に、リビングの入り口の方を振り向く。そして俺とほぼ同時に振り向いたサクさんは、俺に対するよりもよほど優しい声色で静かに口を開いた。


「久しぶりだな、


そこにはやはり予想した通り、さんが呆然とした様子で立っていた。



110611(肝心なヒロインが最後の最後でやっと登場とかアリですか、いやアリなんです!お兄さんを思う存分出せて大満足。あ、もちろんお兄さんが主役に変更!とかそういうのはないのでご安心を!(当たり前だ))