「久しぶりだな、」 「……」 「よく気付いたな、俺が来てるって」 「……」 「ま、わざと気配飛ばしてたんだけど」 「……」 さんはずっと口を閉じたままだった。この部屋に来た時には上げていた顔は一瞬にして俯かされたので、今さんがどんな表情をしているかは分からない。サクさんが一方的に喋り続けるものの、流石に痺れを切らしたのか彼は呆れた様子でそろそろなんか言えよ、と呟いた。 この様子だと、2人は長い間会っていなかったのだろう。その長い間というのがどれくらいの期間なのかは分からないが、久しぶりに兄妹が再会したというならばそれはもっと感動的なものではないのだろうか。そう思うものの、俺の目前では呆れたような仕方がないといったような笑みを浮かべたサクさんと、俯いていて表情が全く読めないさんがいた。 2人になんらかの事情があることは間違いないのだろう。俺はその光景を見守ることしか出来ず、口を挟むことすらできなかった。緊張した空気が部屋に張り詰める。俺は第三者だというのに息をすることさえ苦しく感じた。 「な、……なん、で、」 「ん?」 「なんで、ここに来たの!分かるでしょ?!私が来てほしくないってことくらい!」 「そりゃ、まぁ、俺が来たかったから」 「っ、サクはいつも、そうなんだよ!私のことなんかお構いなしで、自分主義で、勝手に行動して……なのに、間違ってなんて、いないから……!」 「……。なんで来たの、じゃないだろ。そんなことを聞きに、俺はここに来たわけじゃない」 サクさんは先程よりも優しく、仕方がないといったような声で告げた。それはまさしくさんの兄としての台詞で、さんはその言葉にやっとゆっくりと面を上げる。彼女は今にも泣きそうな顔をしながら、震える声で、囁くように呟いた。 「……ごめん、なさい……」 「あ、いや、別に謝ってほしくて来たわけでもないんだけど。……言わなきゃ分からないか?」 サクさんは苦笑を零しながら立ち上がった。そしてそのままさんの前まで移動すると、顔を覗き込むようにして彼女と視線を合わせる。サクさんがさんの頭の上にぽん、と手をのせると、ぽろりとさんの瞳から雫がひとつ零れ落ちるのが見えた。 「遅くなったけど、迎えに来た。……悪かったな、長い間、独りにさせてしまって」 「……ほんとだよ、馬鹿……!」 「え、えぇー……可愛くないやつー……」 「うっさい!」 ぼろぼろと泣き始めたさんの後頭部をサクさんが撫でながらそんな軽口を叩き合うふたりを呆然と眺めていると、そんな俺がいることにようやく気付いたサクさんが気を利かせろと言わんばかりにあっちいけ、とジェスチャーを送ってくる。最終的には感動的な再会となったこの場面に流石に俺の入る余地などありはしないので、大人しくそれに従いとりあえずキッチンへと向かった。そろそろ夕飯時である、きっとサクさんもフユさんも夕食は未だのはずだ。まずはスープでも作ろうかと、ナベに適当な量の水を入れてそれを火にかけた。 *** 数年ぶりに見たは大人の女性になっていて、けれど子供っぽさも色濃く残っているように感じた。妹はいつになっても可愛い妹ということだ。まるで亡くなった母親の生き写しのような外見に一瞬息を呑んだが、中身はてんで違ったのでそこにまた笑った。 俺が本家を飛び出してを置き去りにしてしまったあの頃は、まだお互い幼すぎたのだ。今だから見えてくることや分かることがたくさんある。それでもその置き去りにしてしまったという過去の後悔が拭えるはずはなく、それは今まで自分を縛り付けてきた。それから開放される日は、永遠に来ないだろう。きっと、これからも。けれど赦されるのなら、もしが本家ではなく自分を選んでくれるなら。 そこまで考えて、結局は自分が楽になりたいだけかと思って苦笑を漏らした。本当に取り返しのつかないことをしてしまった過去の馬鹿な自分が、今になってとてつもなく憎らしい。 もうは昔のように、自分のことをお兄ちゃんと呼んでぽてぽてと後ろをついてくるような無垢な子供ではない。この離れて過ごした数年間、自分のいろんなものが変わったように、もいろんなことを感じて、思って、変わっただろう。それでも根本的なところは変わっていないと、どうか変わっていてほしくないと、そう思ったから自分は今ここにいる。 「。本家を出た2年前、伯父さんと契約しただろ」 「……、…………うん」 「言えるか?」 「……籠の檻から出す代わりに、」 「手下になれ、ってか」 「そんな、とこ」 予想通りの返事に小さく溜息をついた。遅すぎたことは分かっている。分かっているからこそ、をなんとかしなければと思う自分がいる。たとえ、がそれを望まなくても。そして自らを戒めるように、本当は聞きたくない、けれど聞いておかなくてはいけない問いを静かに告げた。 「……何人、やった」 しばらくしての口から零れるように返ってきた数字に、気付かれないようにぐっと唇を噛み締めた。後悔は山ほどしてきた。そしてそれはこれからも積み重ねられていくに違いない。けれどにそれを背負わせるようなことはしてはならないと、暗示のように心の奥に焼き付けた。 110612(再会。シリウス視点で書いたのは、いろいろネタバレになりすぎると思ったからです。どっちにしろ最後の兄さん視点でいろいろボロボロ出てきたけど…) |