「……、お前、今がどんな状況か分かってるのか?」
「分かってるつもりだよ。でも、そう決めた」


私がきっぱりとそう告げると、サクは一瞬ひどく表情を歪めてから小さく溜息をついた。もう少し、私が幼かったら。あるいはサクが来るのが早かったら。きっと私はサクについていっただろう。けれど私はシリウスさんと出会い、過ごしてきた。その中で気付いたこと、知ったこと、見えたことはたくさんあって。今自分がいる場所に疑問を持たせてくれたのは、立ち止まらせてくれたのは、サクじゃなくてシリウスさんなのだ。それは変えられない事実。優しすぎるサクがくれた決定権を、彼の願いどおりに使えないのはとても心苦しいけれど。


「ごめんなさい」
「いい。謝るな、お前が決めたことなんだから。……それより、行くアテは?あのアパートはもう使えないぞ」
「……それ、は……」
「やっぱりな」


言いよどむとサクはちょっと待ってろ、と呆れたように呟いて姿現しでどこかに行ってしまう。サクには私の行くアテというものがあるのだろうかと思いながらぽつんと待っていると、サクは1分もかからないうちに再び私の目の前に姿を現した。なぜか、シリウスさんを連れて。

私はそれに驚いて呆然とするが、サクはともかくシリウスさんはサクから事前に何かを聞かされていたのか、特に驚く様子もなく私の姿を確認すると納得したように一度だけ頷いた。いや、だから、なにに納得しているんだ。


「早かったですね、話を聞いてからまだ半日も経っていませんよ」
「すまん。予想以上に本家が動くのが早くてな。ま、そういうわけだ。悪いが、言ってあった通りを頼む」
「は?」
「分かりました、先ほど言った通りに計らいますからね」
「え?な、何の話?ねぇ、ふたりとも?!」
「じゃあな、。一段落したらまた会いにいくからな!」
「えぇええぇっ?!」


言いたいことだけ言ってしまうとサクはパチンと高い音を残して姿現しでどこかに消えてしまった。どういう状況なんだ、これは。私はわけが分からずにただ呆然としていると、シリウスさんに腕を引かれてはっと彼の方を見る。


「俺たちも行きますよ」
「い、行くってどこに?私たちのアパートはもう……」
「飛びますよ!」
「え?っきゃ?!」


ぐにゃりとした感覚で姿現しをしているのだと理解できたが、他人に連れられて姿現しをするのは初めてでその感触に吐気がした。地に足が着いたのは分かったけれどぐるぐるとした視界では眼を開けることすらままならない。ようやくシリウスさんに支えられながら顔をあげると、そこには見たこともない場所が広がっていた。普通の町並み。賑やかではないけれど温かさがあるような、ゆっくりと時間が流れているような場所。


「急にすみません、でも、一刻も早く移動したかったんで」
「いえ、大丈夫です。それで、ここは……?」
「……着いてきたら分かりますよ」


苦笑を零して歩き出したシリウスさんに着いていくと彼はとある家の前で足を止める。大きくはないけれど小さくもない家、シンプルでオシャレな雰囲気から若い人が住んでいるのだろうということは分かった。シリウスさんは私をちらりと見て、そしてその家のゲートをくぐる。私は一瞬視線を寄こされた意味が分からなくて首を傾げるものの、シリウスさんに続いてゲートをくぐった。そしてシリウスさんが家のチャイムを鳴らすと、すぐにパタパタとスリッパの響く音が聞こえる。ガチャリという音と共に顔を覗かせたのは綺麗な赤い髪をした、美人な女性。


「あら、シリウスじゃない。ジェームズなら今夜はいないわよ」
「そうなのか?……まあ、いい。ちょっと頼みごとがあって来た」
「頼みごと?あら、シリウスの後ろにいるのはこの間の……彼女絡み?」
「まあな」
「面倒事かしら?まあいいわ、あがって」
「悪い、邪魔になるな」


2人の会話を聞きながら分かったのは、ここが数日前にお会いしたジェームズさんの家ということ、そして目の前の美人さんはジェームズさんの奥さん、すなわちリリーさんということだ。私がこの展開にぽかんとしていると、リリーさんに「ほら、あなたも入って入って」と促されて慌てて家にお邪魔する。


「ちょうど今紅茶をいれようとしていたところなの。付き合ってもらうわよ?」
「あぁ、お構いなく」


リビングについた途端どかりと遠慮なくソファーに座るシリウスさんと、それをさも当然のように受け入れてキッチンの奥へと消えるリリーさん。シリウスさんとジェームズさんが親友で、リリーさんはジェームズさんの奥さんなのだからこの2人も相当仲がいいということなのだろう。私はどうすればいいのかとリビングの入り口でまごついていると、紅茶とクッキーをのせたトレイを持ったリリーさんに「あなたも座って」とソファーを薦められる。私は一瞬迷ってからリリーさんの隣、そしてシリウスさんの正面に遠慮がちに腰掛けた。


「自己紹介はしていないわよね?私はリリー・ポッター。この間はジェームズがお世話になりました」
「い、いえ!こちらこそ初めまして、です」
「ふふ、実は初めましてじゃないんだけどね」
「え?」
「この間ジェームズを迎えに行ったときに、寝顔を見させてもらったわ」
「えぇ?!」


こんな美人な人に会ったことあったっけ、と記憶を掘り返していたら衝撃的なことを告げられて思わず受け取ったティーカップの中身をこぼしそうになった。シリウスさんを見るとくすくすと笑みを浮かべており、今リリーさんが言ったことが本当なのだと私に告げている。なんてことだ、そんなところを見られていたなんて。恥ずかしく思い頬を赤らめると、そんな私の反応がおかしかったのかリリーさんまでもが笑みを零している。


「可愛い子じゃない、シリウス。それで頼みって?」
「あぁ、実はな……」


シリウスさんは一瞬私の方をちらりと見て、それから再び目線をリリーさんへと戻した。私はよく分からないけれどシリウスさんとサクは『言ってあった通りに』と言っていた、その内容がどういったものかは分からないけれどシリウスさんとサクにはなにか考えがあるのだろう。私は次のシリウスさんの言葉をなんとなく予想しながら、いやそれはないだろうとその可能性を頭の中で打ち消した。そしてひそかに唾を飲み込んだときシリウスさんが申し訳なさそうに口を開く。


「ちょっと急に事情が変わってな。さんをしばらく預かってくれないか?」
「えっ?」
「え?あ、いいわよ」
「えぇっ?!」


シリウスさんが告げた予想範囲内の言葉にも驚いたが、特に大した驚きも見せずすんなりと承諾したリリーさんにも驚く。私は驚きに溢れた目でリリーさんを見てから、そのあとすぐにシリウスさんへと視線を移した。本気なんですか、と視線で訴えると小さな頷きが返ってくる。


「し、シリウスさん、リリーさんやジェームズさんまで巻き込むわけには、」
「いや大丈夫、こいつらのところには絶対来ないからな」
「そうそう。なに、やばいのに追われてるの?」
「いや、そういうのじゃなくて。なんか家出みたいな感じだから」
「なら大歓迎!どのくらいの間?」
「さあ?未定」
「そう、まあいいわ。よろしくね!って呼んでいいかしら?」
「えっ、あっ……は、はい……?」


よく分からない状況のまま、私はリリーさんにひっしと手を握られていた。



110814(まさかーの!ポッター家押しかけ!新婚生活に転がり込むヒロインってどうよ…)