ダイニングルームの電気をつけて、肩から下げていた鞄をイスの上に置く。ブラックさんに「適当に座って待っててください」と声をかけながらカウンターをまわってキッチンへと足を踏み入れた。独り暮らしなのでご飯は1人分しかない。第一、生粋の英国人であろうブラックさんに和食を提供する気はさらさら無いが。短時間で簡単に作れて、尚且つ2人分の材料があるもの。なにがあるだろうか、と思いながら棚を物色すると200グラムのロングパスタが見つかった。よし、今日はパスタだ。


「ブラックさん、ペペロンチーノかカルボナーラ、どちらにしましょうか」
「あ……では、ペペロンチーノで」


ペペロンチーノ、と小さく声に出しながら復唱する。私の祖国である日本でのペペロンチーノは、勿論だが本場のイタリアのものとは全く違っており、おそらくブラックさんが知っているペペロンチーノとも違っているのだと思う。しかしだからといって英国流のペペロンチーノがどんなものかなんてよく知らないので、確信犯で日本流のペペロンチーノを作ることにした。たぶんブラックさんの口に合わないということは無い、はず。


「あの、さん」
「はい?」


冷蔵庫を物色しながらペペロンチーノに必要なニンニクやパプリカ、ベーコンなどを手に取っているとカウンターのそばにいるブラックさんに声をかけられた。顔は冷蔵庫に向けたまま返事をして、唐辛子を手に取る。これで材料はそろった。


「今更なんですが、こんな時間にお邪魔しちゃっていいんですか?俺」
「一緒に食事するだけですから、私は全然かまわないですよ」
「……なら、いいんですが」


ちらりと時計を見ると、マグルのアナログ時計は8時40分過ぎを指していた。まだまだ夜には早い時間帯であるし、間違いを起こすなんて気は私には全く無い。おそらくブラックさんもそうだろう。そんなことを考えながら鍋の沸騰したお湯に塩をひと摘みだけ溶かすと、手早くパスタを回しいれた。パスタが茹るのを待っている時間に材料を切る。包丁がまな板にあたる音が静かな部屋に響いた。


「魔法、使わないんですね」
「……こうやって作ったほうがおいしい気がするんです」
「あぁ、分かります」


俺も料理中は魔法使わないので、とシリウスさんが小さく零す。それを聞いて小さく笑みを漏らした。

たぶん魔法を使ったって使わなくたっておいしさは変わらない、けれど手間をかけた分の時間と真心がそこにはある。だから魔法を使わない。使えない。ブラックさんも私もこのアパートに越して来て独り暮らしを始めてからまだ時間はそんなに経ってないのだ。無意識にぬくもりを求めている。そう思うと更に笑いがこみあげてきたが、ブラックさんの手前なので我慢した。変な人に思われたくない。

フライパンを取り出してニンニクと唐辛子、オリーブオイルやパプリカ、ベーコンを炒め、そこにパスタの茹で汁を少し加えて弱火のまましばらく放置。その間にパスタの水をきって、食器棚からお皿を2枚取り出した。お皿を置いてから水をきったパスタをフライパンの中に入れて軽く炒める。パスタ全体に味付けがいきわたったら火をとめてお皿にトングで盛り付けて、使った鍋や器具を適当に流しに置いてから両手に1つずつお皿を持った。


「イギリスのペペロンチーノがどんなものかよく知らないので、さっき言ってたジャパンでのペペロンチーノにしました。イタリアでは家庭料理ですけど、ジャパンでは基本、外食料理なんです」


ダイニングのほうにまわって、テーブルの上に向かい合うようにしてペペロンチーノを置く。食器棚からフォークを取り出し、ブラックさんに席を勧めた。お互いがイスに座ったのを確認してからフォークに手を伸ばす。日本人としてのマナーに欠けるかもしれないが、さすがに生粋の英国人であるブラックさんの前で手を併せて合掌するのは気が引けた。くるくるとフォークにパスタを巻きつけて、口に運ぶ。ペペロンチーノはカルボナーラみたいにこってりしてないから好きだ。


「味、大丈夫ですか?」
「全然平気。おいしいですよ」
「よかった……でもやっぱり、イギリスの味とは違いますよね」
「まぁ……もっとオリーブオイルやニンニクが強いですかね、イギリスのは。でもジャパンのはさっぱりしてるんで、俺はこっちのほうが好きかも」
「あ、ほんとですか?うれしいです」


くるくるくる。相変わらずフォークにパスタを巻きつけて口に運ぶ。なんとなく分かっていたが、やっぱり日本のペペロンチーノはこってりしていないらしい。しかも私の好みもあって、このペペロンチーノはなるべくあっさりとしたものになっている。ブラックさんに受け入れてもらえるか多少心配だったが、思った以上の講評をもらえて素直に嬉しかった。ちょっと料理に自信持てたかもしれない。



100214(ペペロンチーノの話ばっかりで内容が全然進展してない…)