「オニオングラタンスープ……って、フランスですよね」
「あー……まぁ、イギリス料理っていうのもアレですから」


外国人の口にはあまり合わないと言われているイギリス料理を振る舞う気にはなれず、散々迷った挙句に得意料理のひとつであるオニオングラタンスープを作った。オニオンスープにフランスパンを浮かべ、チーズをのせてオーブンで焼く。手間がかかるのはオニオンスープだけなので、いつの間にか得意になっていた外国料理だ。腰紐を解いてウエストエプロンを外し、それをイスの背もたれ部分にかけてから腰を下ろす。そしてどちらともなくスプーンを手に取った。


「あ、おいしい」
「それはよかった」

即座にさんから出てきた言葉に小さく笑みを漏らしてから自分もチーズにスプーンを突き立てた。オニオンスープとチーズを一緒に口に運ぶ。数回咀嚼して、満足げにかすかにうなずいた。さんも着々と口に運びながら、それにしてもと驚いた様子で告げる。


「お料理上手ですね、手際も良かったし」
「これでも手先は器用なほうなんです」


どうやらさんの認識では男は料理が苦手なものらしい。イギリスではそうでもないのだが、ジャパンの男は家事を手伝わないものなのだろうか。そんなことを考えながらスープをすくった。


さんだって料理上手だったじゃないですか」
「あれくらい、女性なら誰でもできるものです」
「いや、ペペロンチーノっていうのは味に誤魔化しが効かないので上手い下手がよく分かるんですよ」
「……まぁいいや。お世辞として受け取っておきます。でも、ブラックさんが料理上手っていうのが意外だったのは本当ですよ。学校を卒業して1年も経ってないと思うんですけど」
「16歳のときに家を出て、それから独り暮らししてるんです」
「……学生時代から?」
「……まぁ、家庭でいろいろありまして」


流石に学生時代から独り暮らしということに驚いたのか、さんの訝しい視線をかすかに感じたが、すぐにそれはなくなった。それどころか再びスープをすくいながら「いろいろ大変だったんですねぇ」と呑気に告げているのを見ると、どうやら目の前にいる人物がかの高貴な家柄のブラック家の人間、しかも長男だとは知らないのだろう。自分がこのアパートに越してきた当時から気易く「ブラックさん」と呼ばれていたので、ブラック家の価値もなにも知らないマグルの出身に違いない。別にマグル出身だからと蔑んでいるわけでもなく見下しているわけでもないが、気楽な彼女のことを少し羨ましく思う。

すでに食事を終えたさんはスプーンを置いて皿の底をじっと見つめていた。皿の底は何の絵も描かれていないのでまっさらなはずなのだが。量が足りなかったのだろうか、しかし俺でもそこそこおなか一杯になる料理だぞ。華奢な体系だが実は大食いだとか、いやいやそんなまさか。そんな取りとめもないことをつらつらと考えながらそんなさんを観察していると、急にさんは感嘆のようなつぶやきを零した。


「いいですねぇ、グラタンスープ。……ブラックさん、時間があるときでいいからレシピ教えてくれませんか?」
「あ……あぁ、いいですよ」


なんだそんなことか。やはり自分にさんの思考を読むなんてことは到底無理だ。そう思いながら「今ささっと書きますよ」と一声かけて、そばにあった羊皮紙と羽ペンを引き寄せた。いつもは勘を働かせて目分量で調理しているため、所々首をひねりながら材料を書きだす。水って400か500どっちだっけ、確か500だった気がする。そう考えながらwaterの隣に500ccと書いて、その下の行から簡単に順序を書いていく。


「……やっぱりブラックさん、要領いいですね」
「え?は、……え?」
「こういうのを簡潔に、しかも急に書くのってなかなか難しいと思うんです。学生時代も成績優秀だったんじゃないですか?」
「まぁ、成績はそれなりに。でも首席は親友に奪われました」
「……相当良いじゃないですか」
さんはどうだったんですか」
「え、私ですか?……うーん、まぁ、そこそこですかね」
「そこそこ?」
「そこそこ」


適当に会話を続けながら、そういえば自分の話はしてもさん本人の話はあまり聞いていないな、と思う。自分と同じように触れられたくないことなのかもしれないが、自分は家絡みのこと以外は結構話しているつもりなんだけどな。そう考えながら最後のfinの文字を隅に書いて、羽ペンを置く。どうぞ、とさんにメモを渡した。


「こんなもんでいいですか?」
「十分。ありがとうございます」


ざっと目を通したさんが嬉しそうにはにかむのを視界の隅にとらえた。その笑みにつられてつい自分の頬も緩む。さんとの食事が純粋に好きだと思った。



100219(またごはんの話で終わってしまった…進展してる、ような、してないような。結局してない)