玄関から戻ってきたシリウスの半歩後ろにいたのは艶やかな黒髪と深い闇色の瞳が印象に残る小柄な女性だった。その姿を視界に捉えて軽く挨拶をするとシリウスはその女性に僕がいることを告げていなかったのか、彼女は驚いた様子を見せて困惑したように瞳を揺らし、しかしすぐに人当たりの良い笑みを浮かべてくれる。シリウスが彼女を置き去りにしてキッチンに入り、けれど彼女もまごつくことはなくまっすぐ僕のいるリビングへと向かってきたところを見るとシリウスの家に上がるのは今日が初めてではないらしい。いや、初めてではないどころではないのだろう、それにしては落ちつきすぎている。隣人というにしては2人は仲が良すぎる気がしたが、しかしそれ以上でもそれ以下でもないのだろうと直感で思った。そうでなければ僕がいると知らずにのこのことこんな夜分にシリウスの家に上がるわけがない、いや、むしろその逆もありえないわけではないのだが。 「こんばんは。シリウスがいつもお世話になってます」 「いえ、こちらこそ、……え、と、」 「リーマス・ルーピンです。シリウスとは学生時代から友人やってます」 「隣に住んでる・です。今日はごめんなさい、乱入するようになってしまって」 小さく頭を下げたさんの髪はその動きに沿って流れるように滑り落ちる。きちんと手入れがされており艶を失わないその髪質はどう見ても欧米のものではなく、また身体の特徴からも彼女が東洋出身だということは計り知れた。さんはふと思い出したようにキッチンへと振り向き、直接は見えないシリウスに向かって「シリウスさん、」と少し大きめに声を掛ける。 「手伝いましょうか?」 「仕事帰りみたいですしごゆっくりどうぞ。そこのリーマスの相手でもしてやっててください」 「そうですか?じゃ、お言葉に甘えて」 それだげ告げるとさんは再びこちらを振り返り、僕の斜め前のソファーへと腰を下ろした。あえて正面に座らなかったのは初対面なのを慮ってか、あるいはそこがシリウスの定位置だと知っているからか。おそらく後者だろう。僕よりもいくつか年下に見えるが東洋出身ならばそう歳は違わないはずだ、そう思いながら無意識に彼女の恰好をチェックする。白いシャツの胸元には紐リボン、7分丈のチェックのグレーのパンツは幼すぎず大人すぎず。装飾品は特に見当たらず、かろうじて小さなティアラがモチーフにされているチョーカーが彼女のグレーのジャケットから見え隠れしていた。 「仕事の帰りなんですか?」 そう会話を切り出したのは沈黙を避けるため、そして彼女の恰好が“仕事”というには洒落こんでいるのに疑問を抱いたからだ。とはいえ普通の世間話であることにも変わりはなく、変にさぐりをいれるつもりはさらさらない。さんは僕が時間のことを気にして告げたのだと思ったのか、彼女はちらりと時計を見ながら「はい、」と苦笑を漏らしつつ答えた。シリウスの部屋に置いてあるアナログ時計は午後8時前を指しており、残業だと言われればギリギリ納得する範囲内である。 「急に数日留守にしていたものだから、ちょっと心配かけちゃったのかもしれません」 「急にですか?しかも数日」 「えぇ、上司に無理矢理仕事を入れられまして。慣れてるからいいんですけどね」 「ははぁ……シリウスはああ見えて、面倒見のいい心配性ですからね。そりゃ心配しますよ」 差し出された情報を並べてはみるが、どうも彼女の職業を特定できるものは何一つとしてなかった。それはさんがあえてその言葉を口に出していないのか、それともこれが彼女の自然体なのか。まだ彼女と出会って数分であるのでこれが普通と言っては普通なのだが、とキッチンにいるはずのシリウスに視線だけを送る。シリウスは彼女のことをどれだけ知っているのだろう、特にさんに対して興味が湧いたわけではないがふとそんなことを思った。なんにせよさんに対しては疑問が深まるばかりである。 キッチンへと視線を向けるそんな僕を見てか、さんがくすりと笑みを漏らしたのでそちらを向いた。一度浮かんだ笑みはさんの表情から消えることはなく、しかしそれは微笑ましいものをみたというよりも面白いものをみたという意味合いのほうが濃いようで、彼女は笑ったことに対してか小さく「すみません」と謝罪をいれてくる。それに呆れるようにして僕も苦笑を漏らすと、さんは未だに笑いを含んだ声で「付き合い長いんですね、」と告げてきた。 「まぁ。かれこれ8年目ですよ」 「あははっ、大変ですね。でも羨ましいです」 「羨ましい?」 「あ、いえ、私の家が引っ越し家庭だったもので、長年付き合いのある友人とかいないんですよ。ちょっと憧れます。学生時代はさぞ賑やかだったんじゃないですか?」 「えぇ、そりゃぁもう、親友やめたくなるくらい」 「おい、どういう意味だよリーマス」 急に聞こえてきたシリウスの言葉と同時に後頭部にゴツンと固いものが衝突し、それに思わず「あいたっ」と声をあげる。そこをさすりながら後ろを振り向くと両手に皿を持って立っているシリウスがいてどうやらその皿を僕の後頭部にぶつけたらしい、そんな固いものが当たったのだから道理でじんじんと痛いわけだと納得した。そしてシリウスは僕の前とさんの前にその皿をそれぞれ置くと、腰の後ろに手をまわしてエプロンの紐を解き始める。その姿が以外とさまになっていてこっそりと笑みを零した。かっこいい人はなにをしてもかっこいいけれど、けれどなんだかおかしなものがそこにはあるのだ。 「ありがとうございます、シリウスさん。いただきます」 「どうぞ。リーマスも笑ってないで食え」 「あ、ばれてた?」 「バレバレだっつーの」 110227(うわっ約1年ぶりの更新とか…。久しぶり過ぎてちょっとおかしいところあるかも。一応リーマス視点。) |