「そういえば、こないだ言ってた人見つかった?」 「ううん、全然。やっぱり学生なのかなぁ」 「教授のリストの中にはいなかったんでしょ?」 「うちの大学おっきいし、学生の中から探すのって絶望的かもよ」 「珍しい名前みたいだったから留学生かなって思ったんだけど、やっぱり見つからなかったんだよね。あぁ、学部ちゃんと聞いておけばよかった!」 「そうよ、バカ。なんで聞いておかなかったの」 「うちの学校バカでかいんだからさ、もう一回会おうと思ってるのに学部知らなかったら会えないに決まってるじゃん」 「二人ともバカバカひどい!だってあのときはタイムセールで頭がいっぱいでさぁ!」 「はいはい。もうすぐ休憩終わるしそろそろ行きましょう、次の時間も講義よ」 「、その人の名前なんだっけ?サークルの先輩とか知り合いとかにそれとなく尋ねとくからさ」 「ありがと〜!えっとね、」 シリウス・ブラックっていう人なんだけど。 遠ざかっていく声に耳を澄ませていると、最後に聞こえた名前に目の前にいた男が「ブフッ」と盛大に紅茶を噴き出す。げほげほとむせる親友をじっとりと睨むがそれも効果はないようで、先ほどまでカフェテリアにいた学生が完全に此処を立ち去ると今度は腹を抱えてプルプルと震えだした。終いには声を出して笑うものだからこれは先ほどの学生に珍しい親友の姿を見れたことを感謝すべきかもしれないが、その笑いの原因が自分だということがどうも腑に落ちない。 「あー、びっくりした!目の前の人物の名前が出てくるなんて思いもしなかった」 「どうも学生だと思われてるみたいだな」 「あれが例のもやしの子?」 あぁ、と頷くとリーマスは面白そうに彼女達が消えた方向へと視線をやった。どこにでもいそうな女子大生三人組。その真ん中にいた学生、確か名前はといっただろうか。つい先日に昇降口で彼女に折りたたみ傘を渡したのはまだ記憶に新しい。 彼女が探しているらしい人物――シリウス・ブラックとはまさに自分のことなのだが、先ほどはつい静聴してしまった。残念ながら自分は教授でも准教授でもなければ学生でもないため見つけてもらうには随分と時間がかかりそうであったが、別に彼女に自分を見つけ出して欲しいわけでもなければあの折りたたみ傘を返して欲しいわけでもない。見つけられなかったらそれはそれで全然構わない、もし見つけられたらその時はその時で。 「あの時のシリウスはおもしろかったわよね。『もやしの奴に会った』なんて、最初は何を言ってるのかと思ったわ」 「あぁ、思った思った。もやしの奴?もやしが出歩いてるのか?!ってね」 「そうそう!そしたら急に『もやし食いたくなってきた。今夜はもやしにしよう』なんて言い出すものだから、あの時は本気でシリウスの頭を疑ったわ!」 「実際にもやしのサラダ作って食べてたしね」 「おいもやしをバカにすんなよ!」 「シリウスをバカにしてるのよ」 カウンターの向こうで作業をしているリリーの言葉に再び笑い出したリーマスを横目に見ながら、俺はティーカップに残る紅茶をぐいと飲み干した。カシャンと小さな音をたてながらソーサーとティーカップがぶつかり、それを聞いてリリーがこちらを振り向く。彼女のまとめられた綺麗な赤毛がふわりと舞い、細められたグリーンの瞳から滲み出るのは優しさだ。見るものを魅了させるような笑顔に惹きつけられる学生や教授は、多い。 「シリウスも行っちゃうの?」 「あぁ、この時期忙しいからな。早く戻らねぇと」 「じゃあ僕も行こうかな。リリー、ごちそうさまでした。君の紅茶はいつでも絶品だね」 「あら、ありがとうリーマス。もやし男も見習ってほしいものだわ」 「誰がもやし男だ!」 |