「・?……あぁ、あの、やけに血にこだわる高貴なお姫様かい?」 まさに麗しいと形容すべき笑みが似合う彼は、紅茶が入ったティーカップを揺らしながらそう告げた。そこには蔑みの色も憐れみの色もなく、しいて言えばこの先僕が告げることを楽しみながら待っているような雰囲気。血にこだわる高貴なお姫様、それは彼女――先輩を表すのにぴったりな言葉で、僕は口の中で後味の渋さを味わいながら紅茶の入ったティーカップを静かにソーサーに戻した。 「えぇ、その彼女です」 「確か君のファインセだと記憶しているのだが。なにかあったのかい?」 「いいえ、なにも。ただ……」 続く言葉をぽつりと零す。前からずっと思っていたことだった。正しいかどうか判断できずにいたそれは、年月と共に確かなものへと緩やかに変化し、そして残念ながら僕から動き出すことはできないのだと同時に思い知った。僕から動き出すには遅すぎたのだ。だからこうして彼に相談もとい頼み事をしているのだが。 僕が全てを語ると、彼は僕に本当にそれでいいのかと一度だけ尋ねた。僕はそれに迷うことなく是と答えると、彼は困ったような笑みを浮かべながらやれやれというようにティーカップをソーサーに置く。 「仕方ない。憎まれ役を演じてあげよう」 「……頼みますよ」 「あぁ、時期を見計らって必ず行動すると約束する。可愛い後輩からの頼み事だ、無下にはしないさ」 「……そうですか。では」 これで話は終わりだとソファーから腰を浮かす。そのままドアへと向かうと背後から静かに僕の名前を呼ぶ声が聞こえて少しだけ振り返った。 「黒紅に染まった彼女を純白に戻すことは到底無理だ。失敗しないとも限らない。……いいのかい?」 「上手くいきますよ、きっと。上手くいかなくても責任は僕が負います」 「君の本心はそれを望んでいるのでは?」 「……悪い冗談を」 それだけ言い捨てると彼の返事も待たずに部屋を出る。僕が失敗を望んでいるなど、……そんなことありはしないのだと言い切れないのが現状だった。心のどこかでそれを望んでいるのかもしれない、上手くいかないでほしいと願っているのかもしれない。 けれどそれでもやはり、僕は彼女の幸せを第一に考えずにはいられなかった。それだけが僕を動かす、原動力なのだ。 ![]() |